第49話 河野の逆襲
賑やかな夕暮れの下町商店街。買い物客や家路に向かう人が行き交う道を、4人は歩いていた。
この先に、翔太の住む家がある。
しばらく進むと風景が商店街から飲み屋街へと変わり、彼らは立ち並ぶ店の看板の間を縫うように進んだ。灯り始めたネオンや居酒屋の赤提灯と、仕事帰りの男達が目立ち始める。
ふと、ミキがユウマの腕を掴み、背後を気にしながら小声で言った。
「ユウマちゃん。なんか変よ、あの人達」
振り返ると、3人の若い男達が後をつけるように歩いていた。
着崩した服装。金髪や茶髪、そして胸元や腕から覗かせるタトゥー。どう見てもガラの悪そうな連中だ。
明美も気づき、翔太へ耳打ちした。
「ねえ。急いでここを離れた方がよくない?」
「うん。商店街の方へ引き返した方が良いかも」
そう言った矢先、前方の路地から10数人の男達が現れ、行く手を阻むようにこちらへ近づいてきた。
翔太は明美を自身の背後へ隠し、目の前の男達を睨み付けて言った。
「僕達に何か用か?」
彼らはその問いに答えず、ただニヤニヤと笑いながら4人を取り囲んだ。
その集団の中から、制服姿の男子が歩み出た。
河野だった。
「青春しているねぇ〜。羨ましいなあ」
手の平でリーゼントヘアを撫で付けながら、不敵な笑みを浮かべて皮肉っぽく言う。
ユウマがギリリと睨みつけながら怒鳴った。
「オレを付け狙うのは、やめろと言ったはずだ!」
「おっと、勘違いするなよ。用があるのはこっちのイケメン君の方さ」
言いながら翔太を指差す。
「お前、大層なお宝を持っているらしいな。それを渡しな」
その言葉に翔太は首を傾げた。
「何のことだ」
「うるせえ。それが欲しいんだよ」
河野は制服の内ポケットから札束を出すと仲間へ配り始めた。チンピラ達は小躍りしながら歓喜する。
「素直に出した方がいいぜ。俺達は加減ってもんを知らねえから、軽い怪我じゃ済まねえぞ」
そこまで言うと、河野は舌なめずりをしてユウマを見た。
「ただし、ユウマが俺のモノになるって言うんだったら、宝を頂くだけで見逃してやる」
なんて奴だ、とユウマは唇を噛み拳を握りしめた。
「俺はこの髑髏ってチームで幹部をやっているんだ。スゲぇだろ?コイツらは俺の手下だ。どうだ?俺は強いんだよ。男らしくてカッコいいだろう?尊敬するだろう?だから仲間に……」
「ああ、なるほど~」
翔太がわざとらしい言い方で、河野の話を遮った。
「神社で襲って来た奴って君か。弘樹に聞いたよ。ユウマ君をずっとイジメていたらしいね」
翔太の言葉を聞いて、明美も怒り出した。
「最っ低〜!高校に入ってからも付きまとうなんて、脳味噌ヤバイんじゃない?」
「ユウマ君は、科学工作部の大事な部員なんだ。君のような者に渡さない」
「そうよ。簡単に友達を渡せるわけ無いじゃん。バーカ」
顔を真っ赤にしてブルブルと怒りに震えた河野が、顎をしゃくって「やれ」と指示を出した。
すると男達が一斉に動き、4人を取り囲むと背後から羽交い締めにした。
「ちょっと触んないでよ!」
「やめろ!」
抵抗する翔太と明美だったが、多勢の力には成す術もなかった。金を渡されて動いている男達だが喧嘩慣れしているらしく、動きが兵隊のように機敏だった。
ユウマも背後から首を拘束され、完全に身動きが取れなくなった。
「素直に言うことを聞かない者は、一人ずつ血祭りにあげてやる。だが、その前に……」
不敵に笑う河野が、ユウマの両襟を握ると勢いよく左右へ引き裂いた。
ワイシャツがビリビリと音を立て破れ、ボタンが勢いよく飛ぶ。胸元が際どい部分まで露出し、ユウマは悲鳴を上げた。
「へ……へへ。俺のモノにしてやる」
河野の両手が胸に伸びてきた。
怒りに燃えたユウマの蒼髪が逆立ち、瞳が真紅に輝く。ヒュドラのように四散した乳白色のオドが、周囲の商店の窓ガラスをガタガタと揺らし、路上の看板や自転車を倒した。
今まで色んな酷い目に合ってきたが、こんな辱めを受けるのはもう我慢できない。オレは妖怪人間。相手を八つ裂きにしようが殺そうが、何をやっても良いんだ。
憤怒の念がユウマの思考から冷静さを消し、河野をどのように懲らしめるかというイメージに占領された。
その時、急にミキが抱きついてきた。怒りに我を忘れていたユウマだったが、それがきっかけでハッと我にかえる。
「いやーん。いくら私に気があるからって、大勢で押しかけて来ないでよう。ユウマちゃん助けてぇ~」
ミキは錯乱したように河野の手を振り払った。
「何だぁこのちびっ子は?邪魔するんじゃねえ」
「私に触らないでぇ。痴漢!変態!」
「ちょっ……!お前じゃねえ。俺はユウマに用があるんだよ!」
悲鳴を上げながら、河野の脛に何発もキックを入れる。
ユウマは急速に冷静さを取り戻し、刀が鞘に収まるように、暴走しかけていた念動力が静まった。