第4話 2人の奇妙な怪人
生徒玄関から外へ出たユウマは、校庭の生け垣へ飛び込むように身を隠した。
あの奇妙な少年は何者なのかという疑問が頭に湧き上がってくるが、首を振ってその考えを消す。そんなことはどうでもいい。あの子はオレを捕まえようとしていたんだ。面倒な事になる前に、とにかく逃げよう。
息を整え、その場から離れようとした時、人の気配を感じた。
街灯に照らされた少年の姿が見え、ユウマはギョッとした。
ゆっくりとこちらへ向かって来た彼は、可愛らしい子供の声で言った。
「隠れても分かります。そこから出て来なさい」
冗談じゃない、とユウマは生け垣から飛び出して裏門へ向かった。ところが、素早く動いた少年に行く手を阻まれた。
慌てて方向転換して引き返す。すると、今度は校舎の陰からグレーの作業着姿の男が飛び出し、両手を広げて前方を立ちふさいだ。
彼の顔を見て、思わず息をのんだ。
街灯の光を反射するヌラヌラとした鱗の皮膚、前方へ突き出た口元と金色の瞳は、まるでトカゲだ。
ユウマは左の掌底で男の鳩尾を突いた。これで倒れないヤツはいない。だが、彼は少しよろめいただけだった。
次の瞬間、突進してきたトカゲ男のタックルに弾き飛ばされ、近くの木に叩き付けられた。
痛みと衝撃で動けなくなったところを、背中を踏まれて地面へねじ伏せられる。
「逃げようったって、そうはいかねえぞ!」
トカゲ男がグヘヘと下品に笑いながら、長く黒い舌で自分の口の周りをペロリと舐める。
静かに近づいて来た少年がユウマの前に立った。
「最近、学校のセキュリティが止まって食料品や売れ残りのパンが消える現象が頻発しています。隠し童の姿を見かけたという話もチラホラと聞かれるようになりました」
彼はユウマの黒髪ウィッグを掴むと、乱暴に奪い取った。少し伸びた栗色のマッシュルームヘアが露わになる。
「隠し童がパンを盗む事はありえないので、おそらく泥棒が巫女姿に変装しているだろうと思っていましたが、大当たりだったようですね。私が興味を惹かれたのは、その侵入の手口です。だからこうして君の出現を待っていたのですよ」
少年とは思えぬ抑揚のない流暢な口調だった。彼は金色の瞳をこちらへ向けて訪ねてきた。
「君は誰ですか?名を教えて下さい」
その質問に答えず黙っていると、トカゲ男がユウマの襟を掴んで激しく揺さぶった。
「さあ、言え!」
首が絞まって痛い。息が出来ず苦しい。男から逃れようと必死にもがいた。
その時、ユウマの懐からキューブがこぼれ落ち、街灯の光をキラキラと反射させながら地面へ転がった。
それを見た二人は息を飲む。
「……これは、まさか?!」
「キューブだ!」
少年が震える手でキューブを拾い「おお」と感嘆の声を上げながら、六面の模様を眺めた。
彼らの目線が自分から逸れていると気づいたユウマは、数メートル先に転がるビー玉ほどの石ころに向かって右手を伸ばし、念を送った。
動け。男に当たれ!
カタカタと動いた石が弾丸のように飛び、トカゲ男の側頭部に命中した。
「ギャッ!」
悲鳴と共にぐらつく。
その隙を突いてユウマは立ち上がり、裏門へ向かって滅茶苦茶に走った。
数十メートルも行かぬうちに少年に追いつかれ、背後からデイパックを掴まれたが強引に振り切る。その勢いでチャックが開き、中から沢山のクロワッサンが宙を舞って地面へ落ちた。
念動力を自分の脚力へ上乗せして爆発的なスピードを出し、100メートルを4秒ほどで駆け抜ける。
後ろを振り返った。
追ってこない。
それでも走り、裏門を駆け抜けると、夜の住宅街へ飛び出していった。