第48話 恋のライバル
科学工作部の部室では、翔太と明美そしてユウマが緊急会議を開いていた。
「本当にゴメン。オレのせいでセンサーが……」
何度も頭を下げるユウマ。
神社での出来事のあと、河野が腹いせに学校中のセンサーをもぎ取ってしまったのだ。
「謝らないでくれ。君に責任は無いよ」
翔太は両手を激しく振りながら言う。
その隣で腕を組んでいる明美は虚空をガンと睨み、右足を激しく貧乏ゆすりしながら、最大限の怒りを露わにしていた。
「メッチャ腹立つんだけど。何よ、その河野って男子は?生徒会長の全権力を使って潰してやろうかしら」
「まあまあ、落ち着いて。この学校にも、少数派ではあるけど不良みたいな者は存在する。ユウマ君はむしろ被害者だよ」
こんな時でも後輩を庇い、笑顔を崩さない翔太を見て、逆に明美は涙ぐんでしまった。
アンタが一生懸命作っていたものなのに、壊されちゃったのよ?あたしの方が悔しいわ!
でも、こんな時にでも見せる、その笑顔が好き。大人の余裕って感じで、尊いったらないわ。
ああ、もう好き。好き過ぎる。
明美は、今すぐにでも翔太に抱きつきたい衝動を誤魔化そうと、プイと横を向いたまま喋らなくなってしまった。
「最近、移動物体の反応が無くなったので、別の方法を検討していたんだ。面倒なセンサーの回収を、河野君が一人でやってくれたようなものさ。ハハハ」
そう言って笑った翔太だったが、実は別の方法など検討していない。ハイキック少女の正体をはっきりさせないと、先に進めないと思っていたのだ。
「こんちゃ~」
高いトーンの声に、皆が入り口を見る。そこには小柄な女子生徒がニコニコしながら立っていた。
縦ロールのポニーテール。目鼻立ちの整った顔。まるで人形を思わせるような美形だ。
「すっごーい。これが科学工作部?っていうか部屋中に機械が一杯だわ!やーん。ステキ!」
目をキラキラさせ、赤く染まった頬を両手で押さえながら黄色い声を上げる。
明美は口元を引きつらせながらユウマと翔太へ尋ねた。
「な、なによこのブリっ子は?アンタ達の友達?っていうか小学生?」
「制服を着ているから石野学園の生徒だろう。えっと、君は誰かな?」
翔太が優しく問いかけると、彼女は身をくねらせながら自己紹介した。
「アタシわぁ、1年生のミキって言いまぁす。桃姫って書いてミキって読むんだぉ。えっとぉ機械に興味があってぇ入部希望なんですぅ。よろしくお願いしまぁすぅ」
その言葉を聞いて、翔太は目を輝かせた。
「新入部員?!やった。今年は2人も入ってくれたぞっ!これで廃部から免れる」
よほど嬉しいのか、天を仰ぎながら何度もガッツポーズをする。
ミキはそんな翔太の元へ駆け寄ると、唐突にジャンプして抱きついた。
「この人が部長ね?うわさ通りのイケメンだわ〜。ヤーン、格好いい!」
絵に描いたようなブリッ子と、距離感の無いスキンシップに皆が茫然としている中で、少女は嬉々として翔太の胸に頬を擦り寄せている。
「ちょっ......入ってくるなり馴れ馴れしいわよ!」
明美が駆け寄り、ミキの襟首を掴んで二人をベリベリと引き剥がした。
「あら?あなたは会長の明美先輩ね?この学校じゃ珍しい本物のギャルだわ」
「ウ、ウッサイわね!何なのよ、生意気だわ」
ギロリと睨む明美。
だが、ミキはそれを軽くスルーし、今度はユウマの頭を撫で回した。
「で、あなたが貴公子のユウマ君ね。近くで見ると本当に美少年だわ。可愛い~」
「こ、こらっ。カゲちゃんにも勝手に触るなっ!」
明美の怒鳴り声にミキは肩をすくめ、わざとらしく泣き真似をしながら翔太の背後へ隠れた。
「えーん、会長さんったら怖いですぅ」
数多くのライバル達を蹴落としてきたこのアタシが、こんなぶりっ子に翻弄されるなんて……!と、明美は思わず拳を握りしめた。
下校時間を知らせるチャイムが鳴り響いた。
翔太は女子2人の険悪な雰囲気を取り成すように、わざとらしく明るく振る舞った。
「そうだ!みんな僕ん家へ寄りなよ。腹減っただろう?家政婦のモモさんに、晩飯を用意してもらうよ。弘樹も呼んで、新入生の歓迎も兼ねての親睦会をやろう」
「やったあ!じゃあ、先輩。参りましょっ」
ミキが可愛らしく微笑み、翔太の手を握った。
「どさくさに紛れて手を繋ぐんじゃないわよ」
すぐさま2人を引き離す明美。すると、ミキはお構いなしに無遠慮な質問を投げかけた。
「え~?どうして私を遠ざけようとするんですかぁ?ひょっとして、部長さんとギャル会長さんは、付き合っているんですかぁ?恋人なんですかぁ?」
真っ赤になった明美は、両手を大きく振り回しながら否定した。
「そ、そ、そんなわけ無いじゃん!翔太は2年、アタシは3年。いくら同じ町内で育った幼なじみとはいえ、つ……付き合うなんて、そんなことあるわけ無いし!」
「じゃあ、私にもチャンスがあるんですね」
そう言って、再び翔太の腕へ抱きつく。
「こ、こら!やめなさいったら」
必死になって2人を遠ざけようとする明美と、子猫のように翔太の胸へしがみつくミキ。
ユウマは微笑みながらその光景を眺めていたが、急に感傷的な気持ちがこみ上げてきた。
やっと手に入れた楽しい学校生活。でも、その裏で自分は犯罪に手を染めている。
泥棒はいけないことだが、報酬を貰わなければ今の生活は維持できない。しかも、大門の指示通りに動かなければ自分の秘密をバラされ、この関係が全て壊されてしまう。
切なさと強い罪悪感が胸の中を駆け巡る。
全て白状してしまえ、という心の中の声が聞こえる。
「あ、あの……」
言いかけたユウマの言葉は小さく、皆の声にかき消されてしまった。




