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第45話 優しいゴリラ

 その時、遠くの方から声が聞こえた。

「おい。そこで何をしている?」

 2人がハッと鳥居の方を見た。

 そこにいたのは弘樹だった。

「喧嘩はやめろ」

 言いながら足早にこちらへ近づいてくる。だが、地面へ伏されている者がユウマだと気付くと、驚きの表情が怒りへと変わった。


 河野は逃げようとしたが、行く手を阻んだ弘樹が「逃がさん!」と、両手を広げて阻止する。

 その姿に一瞬たじろいだ河野だったが、おもむろにパンチを出した。

 だが、弘樹はそのストレートを左手で軽く弾き、素早く相手の懐へ潜ると鳩尾へ拳を入れた。

「うぐっ」

 たまらず腹を押さえる河野。

 彼は辺りを見回すと、ヨタヨタした足取りで参道に転がっている太い木の枝を拾い上げ、発狂したかのように叫びながら振り回した。

 弘樹は素早い動きで攻撃を二度三度と避け、一気に間合いを詰め彼の手首を捻り上げて投げ飛ばした。

 顔から地面へ落ち、鼻血まみれになった河野は、恨めしそうにユウマと弘樹を交互に見ると、一目散にその場から逃げていった。


「待てっ」

 追いかけようとした弘樹の腕を、ユウマが掴んだ。

「もういい。もういいんだ」

「クソッ!あいつは誰だ?なぜ、喧嘩などしていたんだ?」

「喧嘩じゃないよ」

「じゃあ、何だ」

 ユウマは言葉に詰まって目を伏せた。

「あ、あの……オレってこんな姿だから、中学の時からヤツに……」

 それ以上言えなかった。

 苛められ、しつこく付け狙われたヤツに告白された挙げ句、襲われそうになるなんて。

 弘樹は何かを察したようで、唇を真一文字に結び、ユウマの肩に大きな手を乗せた。

「分かった。もう言わなくていい。だが、何か困ったことがあれば、俺に相談しろ。お前は大事な後輩だ。俺が守ってやる」

 その表情と言葉に、ユウマは胸の辺りがキュンと締め付けられ、切なさに似た感情が一気に吹き出した。

 オレのことが大事?

 守ってくれる?

 そんなこと他人に言われたのは初めてだ。

 なんだか嬉しい。凄く嬉しい。


 ユウマは大きくため息をつくと同時に下半身の力が抜け、ぺたりと地面へ座り込んでしまった。

「おい。しっかりしろ!どこか痛むところがあるのか?!」

 勘違いした弘樹が慌て始めた。

 立ち上がって歩こうとしたユウマだったが思うように進めない。すると弘樹が背を向けてしゃがんだ。

「おぶされ。すぐに保健室へ行こう」

「え?」

「骨折などしていたら大変だ」

 弘樹は「ほら、早く」と急かし、壁のように大きな背中をこちらへ向けた。

 ユウマの嬉し恥ずかしい気持ちは最高潮に達したが、申し出を断るわけにもいかず、言われた通りにした。

 ユウマをヒョイと背負った弘樹が歩く。その背に揺られながら、なんとも言えない心地良さを感じていた。誰かにおんぶされるなんて、子供のころ以来だ。


 ユウマは恥ずかしさを誤魔化そうと話しかけた。

「弘樹は、どうして神社に?」

「生徒玄関で翔太とすれ違った時に、新たにセンサーを取り付けると聞いて、手伝おうと思って来たんだ。それに……」

「それに?」

「昨夜の女子に、もう一度会いたくてここへ来たんだ。あれは良いキックだった。ぜひ空手部にスカウトしてえ」

 肩越しに弘樹の横顔が見える。もみ上げを顎まで伸ばし、ヒゲと繋がっている。本当にゴリラのようだ、と思った。

 ゴリラだが、とても可愛らしく見えてしまう。

 弘樹の汗の臭いが鼻腔をくすぐる。

 歩く度に伝わってくる振動が心を揺さぶる。彼の背中から伝わる体温がまるで全身を包むようだ。

 腹の辺りが燃えるように熱いのは、隠し童に飲まされた結晶が、喜びの感情に刺激されてオドを滲み出しているからだと分かった。

 ああ。何だか幸せな気分になってきた……何て気持ちが良いのだろう。この大きな背中でずっと過ごしていたい。

 ずっとこのままで……。

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