第3話 黄金のキューブ
ユウマは暗がりの中でパンを夢中に食べていた。
2個3個と頬張り、残りはバックパックへ詰め込んだ。
涙を袖口で拭き、フウと息をつく。
いつもならパンを貪るだけでそのまま帰っていたのだが、今夜のユウマはある決心をしていた。
金目のものを盗むのだ。
いままで良心がそれにストップをかけていたのだが、実際のところ、なりふり構っていられない生活状況だった。どんなに盗んだパンを食べても明日にはまた腹が減るし、水道代金の督促状は届く。
ベーカリーショップを出たユウマは暗い廊下を歩き、1階の学園事務室へ向かった。ここならきっと現金があるに違いないと普段から目をつけていたのだ。
事務室の入り口には指紋認証タイプの鍵がかけられていた。
「こんなもの」
小馬鹿にしたように鼻で笑い、スキャンパネルへ人差し指を置いたまま軽く瞑想する。意識が電子機器へダイブしていった。
そして、数秒後。
カチャリと解錠の音がして緑のランプが点灯した。
事務室の机の引き出しを片っ端から開けたが、どこを探してもカネは無かった。あるのは書類と事務用品だけ。
「チッ」
思わず舌打ちする。
せっかく決心したのに空振りじゃないか、と事務室から出ようとしたところ、ふと、事務長席の机上に置かれている分厚く大きな英和辞典が目に入った。
妙な違和感を抱きながら手に取ってみると、ずっしりとした重さと金属の手触りに「あっ」と気がついた。
辞書でカモフラージュされた金庫だ。ユウマはニヤリと笑った。
ダイヤル式錠に右手をかざして念動力を送ると、カチリと音がして瞬時に解錠された。
札束が入っていることを期待して開ける。
だが、中には何も無かった。
いや。ビニール袋に包まれたキューブ状の物体がある。
たったこれだけ?と疑問を感じつつ、恐る恐る手にとって眺めた。
窓から差し込む月明かりにかざしてみると、金色の表面がキラキラと輝いた。一辺が3センチほどの立方体。重さは一般的なマグカップ程度だろうか。
こんな隠し金庫に一つだけ入れられた物なのだから、それなりに価値のある骨董品かもしれない。売ってお金にしようと思い、袂に入れた。
そろそろ止めているセキュリティが動き出す頃なので、学校から離れなければならない。ユウマは生徒玄関へ向かった。
直線の廊下を小走りに進み、角を曲がる。
ユウマはギョッとして歩みを止めた。狩衣姿の子供が待ち構えるように立っていたからだ。
それは10歳ほどの男の子だった。暗がりのせいか顔はよく見えなかったが、目だけが異様に輝いている様子が不気味だった。
なぜこんな所に子供が?迷子?いや、そんな訳ないだろう?という疑問が頭の中にいくつも浮かぶ。
次の瞬間、その少年はこちらへ手を伸ばしてきた。
捕まえられる?!
ユウマは素早く動いた。スルリと避けつつ、その手首に手刀を当てた。彼は反撃を受けた事に驚き、動きを止めた。
その隙に背後へ回り込んだユウマは、彼の背中を両の掌底で突いた。
少年はそのまま転がるように廊下へ倒れた。