第38話 河野、捕まる
社会科教官室前の廊下には河野がいた。
聞き耳を立てて中の様子を窺っていると、急にドアが開きユウマが出て行った。
「あいつめ。今度はどこに行くんだ?」
その背中を見つめながら独り言ち、再び後をつけて行こうとしたとき、急に後ろから襟首を掴まれた。
ズルズルと室内へ引きずり込まれ、苦しさで咳き込んでいると、こちらを見下ろす二人の男達と目が合った。
「誰かと思ったら、お前ぇか」
遠藤がニヤリと笑いながら河野を指さした。
「旦那ぁ、コイツが俺を蹴飛ばしたヤツですぜ。昔からユウマにちょっかいを出している野郎だ」
「ほう」
大門が興味深げに河野を覗き込んだ。
「リーゼントに剃り込み……不良マンガの真似ですか?この学校の生徒にはあまりいないタイプですね。ここまでユウマ君を尾行したという事は、なにか特別な感情を持っているのでしょう?」
「うるせえ!舐めるんじゃねえぞ。俺はお前達の秘密を知ってんだ」
勢いよく立ち上がった河野がポケットからスマホを取り出し、画面を彼らへ向けた。
動画が流れる。
裏門へ佇むユウマがドアを開けて校内へ侵入し、大門と遠藤が追うように中へ入っていく姿が撮られていた。
「最近、学校に泥棒が出るっていう話だが、まさか、ユウマと先生達が犯人だとは知らなかったぜ」
大門と遠藤は画面を見つめたまま無表情で立っている。河野は自分の勝利を確信したかのように、ほくそ笑んだ。
「へへっ。この動画を拡散されたくなかったら、俺の言うことを聞け。取り敢えず、お前ぇらは奴隷に……」
皆まで聞かず、大門は素早くスマホを奪い取った。
「なるほど。ユウマ君を尾行し、この映像を撮ったのですね」
「最近のスマホってやつぁ、夜でも写りが良いなあ」
まるで他人事のように言いながら動画を何度も再生させる2人。河野は徐々に困惑しはじめた。
「ず、随分と余裕の態度だな。俺を馬鹿にしたら痛い目にあうぜ……」
言いかけた河野の口が止まった。
大門が少年の姿へと変身を始めたからだ。
白い顔と金色の瞳。そして真っ赤な唇。指には熊のように湾曲した黒い爪。
その傍らでは遠藤も変身を始めていた。
口元が徐々に尖り始め、口角が耳元まで裂け始める。腕が袖からはみ出るほど長くなり、皮膚に鱗が浮き出ている。
その怪異を目の当たりにした河野は、ガクガクと震え出した。
「ば、化け物だ!」
悲鳴を上げ、四つん這いになって部屋の隅へ逃げ込む。
「ち、近寄るな!お、俺は、髑髏っていうチームの頭だ。呼んだら50人の仲間が集まって、お前ぇらをボコるぞ!」
怯えながら精一杯強がる河野の姿を見て、2人は笑った。
「自分の置かれている状況が分からない頭の悪さ。威嚇すれば相手が恐れると勘違いしている単純さ。君はなかなか笑わせてくれる人物ですね」
少年の大門が、河野の襟首を乱暴に掴んで引き上げ、顔を覗き込んだ。
「今まで、己の欲望のままに生きてきたという顔をしています。あの頃の遠藤さんにそっくりです」
「こんな奴と一緒にされちゃ、たまらんな」
珍しく、遠藤がムッとした表情を見せた。
「そうだ。この男にも私の仕事を手伝ってもらいましょう」
大門の口が不気味なほど大きく開かれる。長い爪を喉の奥まで突っ込み、そこから紫色をしたピンポン球大の煙の塊を取り出した。
「私のオドを練り上げて作った結晶玉です。これを飲むと、私のような堕霊のオドが身に付き、数倍の身体能力が発揮されます」
河野の頬を乱暴に掴んだ大門は、それを無理やり口へねじ込ませた。
「や、やめろ!ゴホッ」
河野は陸に揚げた魚のようにビクビクと痙攣し始めた。
「懐かしいですねえ。遠藤さんへ私の結晶玉を飲ませた事を思い出します」
苦しがる河野を見下ろした大門が、目を細めて微笑んだ。
「超人となりますが、強欲や憎しみの心に支配されます。そして『堕ち度』に合わせた形に身体が変身していきます……遠藤さんのようにね」
「ケッ……だから、俺を引き合いに出すなよ」
遠藤が不愉快そうにそっぽを向いた。
床へ転がるように倒れている遠藤の体を、大門は爪先で小突きながら指示を出した。
「良いですか?頭の悪いあなたにも分かるよう簡単に言います。翔太君は、恐らく『宝』を持っています。それを奪ってくるのです。抵抗するなら、私の元へ連れてきなさい」




