第36話 3つ目のキューブ
学園神社で隠し童と遭遇した後、逃げるように自宅へ戻ったユウマはベッドの中で布団を被り、枕元に並ぶぬいぐるみ達を抱いたまま震えていた。
俊敏な動きと瞬間移動、そして伸縮自在の鋭い爪。
しかも、あの怪しげな妖術によって過去の記憶が溢れ、押さえられないほど感情が乱高下した。
自分が発した念動力の事も良く覚えている。取り乱したとはいえ、あんな風にメチャクチャに暴れるなんて。
翔太と弘樹に姿を見られた事もユウマの心をかき乱していた。身近な者に女装した姿を見られ、あまつさえ弘樹には蹴りを浴びせてしまった。自分だとバレてはいないだろうか、と、不安で胸が一杯だった。
やがて酷い頭痛に襲われたユウマは、気を失ったように眠りについた。
目覚めたのは朝の9時過ぎだった。
睡眠をとっても体調は戻っておらず、むしろ昨夜より悪くなっていた。しかも念動力が暴走しかけており、寝ている間に全ての皿や茶碗が食器棚から出て床に積み重なっていた。
部屋に一人でいるのが怖かったので無理やり登校したのだが、授業中にノートやペンが勝手に動き始め、誰かに見られるのではないかと気になり、余計に疲れてしまった。
悪寒と頭痛が続き、腕の血管が妙に浮き出て心臓の鼓動と一緒に脈動している。倒れそうな怠さも続いており、当然、授業には集中できなかった。
そして、登校したことを後悔し始めた頃に昼休みを迎えた。
ふらつく足取りでラウンジへ向かっている途中、背後に誰かがピタリと張り付いた。
「おい、ユウマ。このまま社会科研究室へ来い」
遠藤の声だった。
「昨夜の件で旦那がお怒りだ。釈明してもらうぜ」
「あ、あの、オレは……!」
「喋るな。静かに歩け」
生徒達の行き交う昼休みの廊下を2人で無言で歩き、人気の少ない研究棟へ向かう。
社会科教官室へ辿り着くと、背中を押されて無理やり室内へ押し込まれた。
黒ソファには、いつものように脚を組んだ大門がいた。
「座りたまえ」
顎を使って対面の椅子を勧める。だが、ユウマはそのまま立っていた。
「君が騒いだ談話室を見たかね?非常線が貼られて立ち入り禁止になっているんだ。壁に穴が空いて、重たい机がひっくり返り学校中が大騒ぎだ。隠し童が暴れた、とね」
無言のユウマを見て、大門の顔は怒りの表情に変わった。
「昨夜はなぜ我々を無視して隠し童と戦い始めた?」
大門の手が伸び、ユウマの襟を掴んだ。
「君のその勝手な行動のせいでせっかくのチャンスを逃してしまった!どう責任を取るつもりだ」
「て、手柄を……独り占めしたかったんだ」
もちろん、そんな事など考えていない。あの時は翔太と弘樹を守りたい一心で動いたのだ。
「ふざけるな!我らの指示で動いていれば良いものを。君のバカな行動で、この数年間の我慢が台無しになった」
ユウマは慌ててポケットを弄り、昨夜の戦利品を大門の前に差し出した。
「で、でも見てよ。これを奪ったんだ」
キューブを見た大門の表情が変わった。
「これは……本物か?!」
ユウマは得意気にコクンと頷いた。
「隠し童と戦った時に手に入れた3個目さ。すごいだろ」
皆まで聞かずキューブを奪うように取った大門は、確かめるように手の中でクルクルと回し見た。
「おお、これぞまさしく、私が求めていたもの……」
感嘆の声を上げていたが、語尾では急にトーンが落ちていった。
「これは、何だ?」
彼が指差した部分には白テープが貼られていた。そこには「科学工作部」の文字がある。あの時、明美が備品用にと貼ったテープだ。
「どういう事か話してもらおう」
大門が眼鏡を中指でクイッと上げた。