第34話 頭の中を覗かれる
3つ目のキューブを持った女子制服姿のユウマが、暗く広い校庭林を走っていた。
行き先は神社。学校の敷地内にあり、太古には隠し童との交流の儀式を行った場といわれている。理事長が石野学園を建設する際に、神社ごと土地を買い取ったのだ。
両側を鬱蒼とした木々に囲まれた遊歩道は、街灯が点々と設置されているだけで、暗く不気味だった。
雲間から覗く満月が、大きな目のようにユウマを見下ろす。ときおり吹く風が周囲の木々を揺らし、まるで人の囁き声のようにサワサワと音をたてている。
恐ろしくて身を竦めそうになる自分を励ましながら黙々と走った。
しばらく走ると神社が見えてきた。
規模は小さいが本格的な作りで、周囲をぐるりと土塀に囲まれている。
門には大きな南京錠が取り付けられていたが、ユウマは近くの木へ登って塀を超え、境内へ侵入した。
参道と本殿の屋根を月明かりが照らし、周囲の大木が初夏のゆるい風に煽られてサラサラと枝葉を揺らしている。
風はユウマの額の汗を冷やし、その心地良さに少しだけ緊張感が薄れた。
さあ、早く校外へ脱出しようと参道を歩き始めたとき、賽銭箱の裏あたりに何かがフッと動いたように見えた。
そこには黒髪のおかっぱと、巫女服を身に纏った少女———隠し童が立っていた。
彼女が静かに言った。
「服装を変えて、私の目を誤魔化そうというつもり?」
ユウマの身体が緊張で強張り、口の中でシュッと音がして舌上の水分が一気に消えた。
「私の目的は2つ。ダイモンを始末すること。そして ” 選ばれた者 ” をあちらの世界へ連れていくことよ。それを邪魔するというなら、学生のあなたでも容赦しない」
少女はトンと地面を蹴ってジャンプした。
白と朱色の布がひらりと空を舞ったかのように見え、そして幻のように消えた。だが、次の瞬間、彼女はユウマのすぐ手前にいきなり現れた。
赤に輝く瞳孔が残光のラインを描きながら目前に迫る。
ユウマは咄嗟に両腕をクロスさせ防御したが、強いタックルに突き飛ばされ地面へ転げてしまった。
素早く立ち上がり、逃げる。
が、再び瞬間移動してきた少女に、数歩も行かぬうちに行く手を阻まれた。
再び胸の辺りを押され、後ろへ飛ばされた。
念動力を使う暇もない。このままではやられると判断したユウマは、すぐさま立ち上がると得意の回し蹴りを連続で繰り出す反撃に出た。相手が怯んだ隙に逃げるのだ。
しかし、隠し童は姿を消したり現れたりを繰り返してユウマとの間合いを詰め、ついに至近距離まで迫ってきた。
「ひゃっ」
短い悲鳴を上げたユウマが尻餅をつく。
月明かりに照らされた巫女が、直立不動でジッとユウマを見下ろした。
おかっぱの髪の毛が風に吹かれてサラリとなびき、その隙間から覗く目が赤く光っている。まさしくこの世のものでは無いモノノケの姿だ。
とても敵わない。心臓がバクバクと鼓動し、下顎が勝手に痙攣しガチガチと歯が鳴る。
いつの間に奪われてしまったのか、彼女の手にはユウマが持っていたはずの3つ目のキューブがある。
「2つのキューブは罠よ。ダイモンにオドを飲ませ、安心させたところで始末する予定だったの。でも、あなたの出現で全てが狂った」
ごく普通の少女の声であるが、抑揚の無い冷たい話し方だった。
少女の五指の爪が音もなく伸びていく。サーベルのように尖った先端をユウマの喉元へ向けて睨む。
「彼は人間の姿に化けて行方を隠しているの。彼がどこにいるのか答えなさい。さもないと……」
「う、うるさい。極悪妖怪め!」
皆まで聞かず怒鳴った。精一杯強がらなければ、怖くて気が遠くなりそうだったからだ。
「知っているぞ!お前は理事長と共謀して生徒を生け贄にする極悪非道な奴だ」
「え?」
「オレだって妖怪だ。お前になんか負けない。何も答えない!」
「共謀とか生け贄とか、何を馬鹿なこと言っているのかしら。しかも、あなたが妖怪?どうやらダイモンに妙な情報を吹き込まれたようね」
少女は呆れたように溜め息をつき、ゆっくりと手を伸ばしてきた。
「どうしても彼を庇うと言うなら仕方がない。記憶を強制的に見せてもらうわ」
隠し童はユウマの頭をガシリと掴んだ。
その手が熱くなり、電気のようにチリチリとした感覚が流れてきた。途端、ユウマの脳内で映像が勝手に流れ始めた。




