第33話 隠し童との戦い3
暗い廊下の向こうから揺らめく懐中電灯の光が見え、空中を浮かぶ無音君ゼロ号機を先頭に、弘樹と翔太の歩く姿が見えてきた。
「さっきまで、この辺りで反応があったけど、急に消えたぞ」
翔太がスマホ画面をタップしつつ、あちこちを見回した。
「また蛾でも飛んでいるに違いない。早く戻ろうぜ。俺はもう眠い」
弘樹が大きなあくびをしながらボリボリと頭を掻いた。
設置した動体センサーが激しく反応している事に気が付いた翔太は、一人じゃ怖いからと弘樹を誘って校内探索に来たのだ。
「来来軒の大盛りラーメンを奢るから、もう少し探索に付き合ってくれよ」
「ん?……ああ。じゃあ、ついでに餃子も追加してくれ」
やる気なさそうに再びあくびをする。
翔太はそんな友の姿を見て意地悪く微笑んだ。
「じゃあ、ここでひとつ眠気の覚める話をしてやろう。最近、パン泥棒の話を聞かなくなったと思わないか?」
「そういえば、そうだな」
「ひょっとして、校長が独断で警察を介入して僕たちの知らない間に犯人が逮捕されたのかと思って、メールをハッキングしたんだ。すると……」
頭を掻く弘樹の手が止まった。
「学校に保管されていた理事長の私物———例の金色のキューブが盗まれていた、という情報があった。同じモノが学内の各所に隠されていたらしい」
「キューブ……って、科学工作部のヤツか?あれが何個もあるのか?!」
弘樹の声が大きくなり、翔太は「しーっ」と、人差し指を立てた。
「校長室と事務室に保管されていたものが無くなっていた。最近まで盗まれた事に気づかなかったらしい」
「科学工作部のものは、どうなんだ?」
「引き出しに入れていたけど、消えていたよ」
「何だと?」
弘樹の眉毛が絞られたように寄せられ、眉間に深い皺ができた。
「パン泥棒の後は、キューブ泥棒。どちらも ” 仕事 ” をしている間は、学校のセキュリティが止まっているし、キューブを保管している最新の金庫やデジタル錠も、何の器具も使わず簡単に開けられている。これは人間のできる事じゃない。つまり……」
「どちらも同一犯。そして妖怪の仕業、という訳だな?」
さっきまで眠そうにしていた弘樹の目が、まるで戦士のように鋭い光を放ってきた。
「妖怪が狙うくらいだから、何らかの価値があるのかもしれないね」
「犯人が誰だろうと構わねえ。この学校にとっての害悪は俺の敵でもある。早くとっ捕まえてやろうぜ」
そう言って手の平をパチンと拳で打った。
話しながら歩く彼らは長い廊下を進み、2階フリースペースまで来ると、周囲の異変を感じて歩みを止めた。
「おいおい、何だこりゃ。ソファとテーブルが滅茶苦茶になっているぞ」
驚いている2人の顔が、スマホ画面からの仄かな明かりに照らされた。
「誰かが暴れた後のようだな。すぐに守衛のオッチャンに知らせた方がいい」
走り出そうとした弘樹。それを翔太が引き留めた。
「もう少しだけ校内を回っていこう。知らせるのは後でもいいじゃないか」
「だが……」
「こんな悪さができるのは間違いなく妖怪だよ。何とか証拠を捉えて真実を明らかにしたい。きっと、今も学内のどこかをうろついているんだ。この機会を逃す手は無いよ」
「まあ、確かに妖怪の姿をカメラに捉えたらスクープ物だよな……じゃあ、手分けしてちゃちゃっと終わらそうぜ。俺は西側を見るから、翔太は東側を探索しろ」
その場を立ち去ろうとする弘樹の腕に慌ててしがみつく翔太。
「さ、さすがに妖怪の出る夜の校舎を1人で巡るのはおっかないよ」
彼らは廊下を引き返して階段を降りていった。
その頃、ユウマは少し離れた教室へ逃げ込んでいた。
翔太と弘樹を戦闘から遠ざけるという目的は達成できた。しかし、勢いとはいえキューブを奪う事になるとは思っていなかった。
そろそろ止めているセキュリティが起動するので、校舎から脱出するだけの時間は無い。かといって、このまま校内に留まっても防犯カメラに撮られるか、隠し童に捕まるかのどちらかだ。
その時、閃いた。
学校の敷地内にある神社へ行こう。裏門の近くに建っているので、境内の木に登れば、塀を越えて外に出られる。
防犯カメラには捉えられるが、変装すれば少なくとも自分だとはバレないだろう。
ユウマはロッカー室へと向かった。




