第32話 隠し童との戦い2
職員室前へ向かったユウマは、物陰に隠れている大門と遠藤に合流した。
彼らの背後へ隠れるようにしゃがみ、無断拝借したノートパソコンを開く。液晶画面には、学校の見取り図と各センサーの場所が線画となって映し出されていた。
大門は背広のポケットから2つのキューブを取り出した。
「これを罠として使います。あちらへ設置して下さい」
彼が指さしたのは、10メートルほど離れた2階フリースペースだった。そこは椅子やテーブルが設置されているミニラウンジのような場所だ。
「これで一体、どうするんだ?」
「隠し童はオドに引き寄せられます。まあ、中身は私が取り込みましたがね。残りカスでも十分な効果があります。奴がこれに気を取られている間に、我々は後ろから不意打ちします」
「だから、そのオドって何だよ?」
思わず大声を出したユウマの口を、遠藤が慌てて押さえる。
「静かにせい!お前は黙って言う事を聞いていればいいんだ」
いつもとは違う強い口調と強い態度に困惑したユウマは唇を噛む。
仕方なく2つのキューブを言われたとおりにフリースペースの真ん中へ置き、素早く彼らの元へ戻った。
ユウマの身体は細かく震えていた。
隠し童と戦うだなんて……とんでもないことに巻き込まれてしまった。学生には手加減するって言うけど、これじゃ、自分は盾じゃないか。
その時、小さなアラーム音と共に赤い点が液晶画面に表示された。移動物体が1階の廊下から階段を上がってくる。
「出た」
ユウマの囁き声に、その場の緊張感が一気に高まる。
「さっそくお出ましになったな」と、遠藤がニヤリと微笑んだ。
「作戦通りに動きますよ。隠し童が目の前まで来たら、まず私と遠藤が飛び出す。奴は迎え撃つために身構えます。その時を見計らってY字を描くように左右へ別れる。同時に真ん中からユウマが突進するのです」
早口で言う大門の言葉に、遠藤が「分かってまさぁ」と、何度も頷いた。
モニター画面を見つめていたユウマは、ハッと息を飲んだ。体育館前を示す地図に青い点が浮かび上がったからだ。これに見覚えがある。
「まさか……無音君ゼロ号機?」
画面をウェブカメラへ切り替えると、そこには見慣れた2人の姿が映し出された。
翔太と弘樹だった。
ユウマの背筋に鳥肌が立つ。なぜこのタイミングで二人が学校にいるんだ?このままだと、隠し童との戦いに弘樹と翔太を巻き込んでしまう。それに、オレの姿も見られてしまうかも。何とかして彼らを遠ざけなくちゃ。
でも、どうやって?
ユウマは必死に考えたが、こうしている間にもアラーム音の間隔は短くなっていく。
暗い廊下の向こうでフッと何かが動いた。
隠し童だ。
彼女は廊下に置かれたキューブへ近付くと、黙ってそれを見下ろしていた。
大門と遠藤の目が獣の光を帯び、ビキビキという音を立てながら骨格が変化し、少年とトカゲの姿へとなる。
どうしよう、どうしよう、とユウマは最後まで迷っていた。
そして次の瞬間、何かを決心したように顔を上げたユウマは、大門と遠藤の間をすり抜け、隠し童へ向かって突進した。
「お、おいっ?!」
彼らの慌てた声が背後から聞こえたが、全力で走った。
「うわああっ!」
叫び声を上げながら、力任せにタックルしようと飛びかかる。
ぶつかる瞬間、隠し童は姿を消して少し離れた場所へ出現した。
彼女がスッと右手を上げると、付近にあった観葉植物の植木やソファが宙へ浮き、ユウマを目がけて飛んできた。間一髪でそれを避けて廊下へ伏せる。
隠し童は赤く光る目で冷ややかにユウマを見ると、低い声で言った。
「いきなり襲ってきて、誰かと思ったら昼間の小僧じゃない。電撃に懲りていないようね」
彼女は床に置かれている2つのキューブを指さした。
「返却しなさいと言ったけど、これじゃまるで罠だわ。まさか私を捕まえようって魂胆?これもダイモンに命じられて行っている事なの?」
隠し童が拳法のようなポーズで両手を交差させると、今度はソファやテーブルが弾丸のように飛んできた。
ユウマはそれを避けるため縦横無尽に走り回った。壊れた椅子の破片が床に散らばり、壁に穴が開き、2階フリースペースはメチャクチャになった。
その時、廊下の向こうからドアを開ける音が聞こえ、ユウマと隠し童は同時に同じ方向を見た。
人の話し声と足音が近付いてくる。この声は翔太と弘樹だ。
隠し童の攻撃がストップする。
今がチャンスだ。床へ押さえ込んで動きを封じるんだ、と再び突進し、少女の細い胴体を抱きしめるように飛びかかった。
「小僧!そんなに痛い目に会いたいの?!」
怒った隠し童の瞳が赤く燃え上がる。
彼女の懐に触れたとき、硬い物体が手に当たったような気がした。何も考えずにそれを乱暴に掴み取ったユウマは「あっ!」と驚いた。
キューブだ。
「こらっ!返しなさい」
掴みかかってくる隠し童をヒラリと避けたユウマは全速力で走った。




