第29話 キューブの中身
数日後、社会科研究室に呼び出された。
ソファには大門と遠藤が並んで座っており、ユウマを見ると開口一番で問われた。
「で、どんなモノなのかね?」
意味が理解できず、ユウマは戸惑ってしまった。その様子に苛ついた大門が、少し語気を強めて言った。
「例の捕獲装置だよ。それの調査の為に科学工作部へ入部したんだろう?」
「青春ごっこに忙しくて、調査する暇は無ぇのか?」
遠藤がニヤニヤしながら嫌味を言う。
ムッとしたユウマが事務的に答えた。
「動体検知センサーさ。専用のアプリを使って、動く者がどこにいるか分かるようになっているんだ」
「学校中に取り付けたのかね?」
「今のところ西側校舎だけ。でも、数日後には全校へ範囲を広げる予定なんだ」
「子供の遊び程度の科学工作だと思っていたが、なかなか本格的だな」
腕を組んだ大門が、独り言のように呟く。
「そろそろ夜の探索を再開しても良いと考えていたところだが、そのシステムが稼働するとやっかいだ。面倒なことになる前に壊しておくべきだろうな」
その言葉を聞いたユウマはギョッとした。皆で一生懸命に作った物なのに壊すなんて出来ない、と思い、大門の会話を遮るように言った。
「会った。また隠し童に会ったよ。つい、こないだ電撃みたいな攻撃をされたんだ。だから、科学工作部のセンサーは壊さずに利用した方が良いよ。それがあれば、隠し童がどこにいるか分かるんだ」
大門が身を乗り出すようにユウマの顔を覗き込んだ。
「奴に攻撃されただと?」
「部活棟で追いかけられたんだよ。大門の居場所を言えとか、二つのキューブを返せって。でも、オレは何も言わなかった」
「他に何を聞かれた?」
「え、と……理事長室の鍵とかキューブに仕掛けをして、触ると反応するようになっていた、って」
大門が「ほう」と薄く微笑んだ。余裕だと言わんばかりの態度だが、細い目から覗く瞳が徐々に金色に染まっていく様子からは、静かな怒りが見て取れた。
「思っていた通り、罠を仕掛けていた事は確実ですぜ。旦那を始末しようと企んでいたんだ」
口元を歪め忌々しげに言う遠藤。
大門がフフと笑った。
「しかし、罠を仕掛けたものの、ドロボウ巫女の出現で計画がめちゃくちゃになった。だから追いかけ回したのさ」
そう言ってユウマをチラリと見る。
大門はおもむろに手を伸ばし、テーブルに置かれた2つのキューブを鷲掴んだ。
「これのオドを飲みます。思い切って奴と戦うことにしましょう」
「え?!」と、驚いた遠藤が目を見開く。
「本気ですかい?4つ飲まねえとパワー全開にならんのでしょう?勝てる見込はあるんですかい?」
「このままでは追い詰められるだけです。二つのオドを飲んでも私一人では勝てませが、君達が加勢し背後から不意打ちすれば勝算はあります」
そう言ってユウマを指差す。
「電撃程度で済んだのはラッキーでしたね。恐らく君が学生だから手加減したのです」
大門の話をポカンと聞いていた遠藤だったが、徐々に不敵な笑みを浮かべた。
「なるほど!こいつと一緒に戦えば、奴は本気で攻撃してこないから、俺たちが有利になるって事ですね?」
興奮した遠藤は、ユウマの両肩を掴んで揺すった。
「お前ぇ、確か喧嘩が得意だったよな?俺があの河野って野郎に絡まれていた時に助けてくれたじゃねぇか。あの調子で隠し童を投げ飛ばしてくれ!」
そして両手で力強くガッツポーズした。
「さっそく今夜、やりましょうや!モタモタしている暇は無ぇ」
大門がキューブの表面の模様を指で撫でると、小さなモーター音と共に上部の一角が開いた。
中には緑色の液体が入っており、薄く光を放っていた。大門はその開口部に口を付け、赤ん坊が哺乳瓶を口へ含むように、中身を吸い始めた。
数秒で飲み干した彼は、2個目のキューブに手を伸ばし、同じように飲んだ。
大門の体からゴキゴキという骨格が変形する音が聞こえ、不気味な少年の姿へ変わっていく。その白い顔は能面のように無機質で、所々にヒビが入っていた。真っ赤な唇の隙間からは牙が伸びている。
「力が満ちていく……素晴らしい」
口角から流れる液体を袖口で拭くと、キューブを投げるように机に置いた。
「ちょっと待ってよ!」
二人のやりとりを眺めていたユウマだったが、ついに我慢できず声を荒げた。
「さっきから何の話をしているんだ?オドとかパワーとか、意味が分からないよ。ちゃんと説明してよ」
大門と遠藤は急に押し黙り、冷たい目でユウマを見下ろした。
「キューブって、古代の神具で冥界の扉を開くカギなんだろう?液体が入っているなんて知らなかったぞ?」
「さっきから、うるせえぞ!お前ぇは言うことだけを聞いていればいいんだ」
乱暴に言い放つ遠藤。
ユウマは負けじと更に激しく訴えた。
「富一と隠し童の悪巧みを阻止するためにキューブを奪還するって言っていたよな?何だかおかしいぞ」
少年の大門はそれに答えず、金色の瞳でギョロリと見つめた。
「今夜、一緒に校舎へ侵入しましょう。君はシステムの操作をしてください。奴の居処を知る事ができるのでしょう?」
「でも、あれは翔太が作ったものだからオレは……!」
それ以上何も答えられなくなった。壊さずに利用するべきだと提案したのは自分なのだ。
大門はユウマのポケットへ万札をねじ込むとニヤリと笑った。
「奴を倒したあと、システムを破壊してください。いいですね?」




