第28話 心を開き始めた2人
どのくらい時間が経ったのか。
ふと、我に返ったユウマは、翔太の椅子に座ったまま眠っていた事に気付いた。慌てて飛び起き、周囲を見渡したが隠し童の姿は無かった。
自分の身体をあちこち触る。2回も電撃を受けたのに、怪我はしておらず手足も動く。
スチールラックの向こうに人の気配を感じ、機器の隙間から覗くと、そこに弘樹の姿が見えた。
いつから部室に来ていたのだろうか。彼はパソコンの席に座ってマウスをカチカチと操作しながらモニター画面を見つめている。その姿は、大きな鬼が小さな窓を無心に見つめているようだ。
「よう。やっと起きたか」
目だけをこちらへ向けた弘樹が無表情のまま言った。ユウマが単に居眠りしていると思ったのだろう。
「こいつを見てみろ。昨夜、センサーが捉え撮影したものだ」
と、画面を指さす。
弘樹の背後から覗き込むと、暗視カメラで撮った学校の廊下が表示されていた。画面の右下に表示されている時刻は、23時過ぎを示している。
不意に白い何かが現れ、廊下の奥から手前へ動いた。そして再び廊下の中央に移動して、消えた。
マウスを動かした弘樹が、今度はスローモーションで再生させ、画面から消える直前のフレームで一時停止した。
「この白い移動物体を拡大すると、こうだ」
そう言われ凝視すると、画面の下部分にヒラヒラとした何かが見えた。
「翔太と明美は、ついに未確認生物を捉えたと興奮し、追加のセンサー部品を町の電気屋へ買いに行っている」
弘樹はモニター画面を軽く指で弾いた。
「昨夜はこんな調子で学校中をウロウロしていたようだ。しかも瞬間移動のように出たり消えたりを繰り返しているんだ」
間違いない。これは隠し童だ。
奴はオレをキューブを盗んだ犯人だと確信し、学校中を探していたんだ。
「まあ、確かに何かが出現したのだろう。だが、俺にとってそんな事はどうでもいい。この学校や生徒に害を及ぼすものは全て敵だ。だから、徹底的に戦う」
語気強く言った弘樹が太い腕を振り上げて拳を握り、鋭い視線でユウマを睨んだ。
コイツめ。またやる気か?と、ユウマは半歩後退した。
昼食時の仕返しを、ここでするつもりなのだろうか。ユウマは半身の姿勢で身構え、来たるべき戦闘に備えた。
沈黙が流れる中でそのまま見つめ合う2人。やがて弘樹は何かを決心したかのように大きく息を吐き出すと、重たそうに口を開いた。
「……あ、あのよぅ。その、つまり……今日の昼間、すまない事をした。別に喧嘩しようと思って絡んだ訳じゃなかったんだ。あの後、明美にさんざん説教されて反省した」
顔を赤らめて微妙に視線を外し、短髪の頭をガシガシと掻く。
「俺は幼い頃に両親を亡くして婆ちゃん一人に育てられたせいか、何も知らず傲慢に生きてきた。そんな俺に勉強を教えてくれたのが翔太。身の回りの細かいことを教えてくれたのが明美。この学校への入学を後押ししてくれたのが空手の師匠だ。3人には返しきれない恩があるんだ」
意外な身の上話の内容に、なんだか自分に似ているなとユウマは感じた。すると、妙に親近感が湧き、彼に対する印象が変わってきた。
「俺が出来るのは戦って守ることだけだから、つい焦ってお前を疑い、酷いことを言ってしまった。許してくれ」
弘樹の目つきが優しくなり、ユウマは不思議な気持ちでそれを見つめた。短気で喧嘩早い危険なヤツだと思っていたが、こんな表情をすることがあるのか。
「別に……気にしていないよ」
戸惑いながら返事をしたユウマ。とたん、弘樹の顔がパッと明るくなった。
「そうか。ハハハッ。良かった!ところでお前は格闘技の経験者か?あの小手返しには驚いたぜ。もし良かったら空手部を見学しないか?……あ、そういや、俺は謹慎中の身だった」
ゴリラのような巨漢が、照れくさそうに顔を真っ赤にしながら話している。
なんか、可愛い。
心の中でそんな感情が湧いてきて、慌てて首を振った。こんな荒くれ者のゴツい男を、可愛いと感じるだなんて。
急に周囲の光景が回り始めてきた。
いや、違う。自分の目が回っているんだ。そういえば、さっきまで気を失っていたんだっけ……これは貧血だ。
ユウマは酒に酔ったようにフラフラし始めた。
「お、おいっ、どうした?」
その呼びかけに答える間もなく、倒木のように弘樹へ向かって倒れ込む。
同時にドアが開き、翔太と明美が帰ってきた。静かだった部室が賑やかになる。
「追加のセンサー部品23個、ゲットしたわよー!」
「ついでに夜食のカップラーメンも買ってきた」
次の瞬間、明美と翔太は凍ったように動きを止め、口をあんぐりと開けた。弘樹にお姫様抱っこされたユウマの姿を見たからだ。
明美の手から、センサーの入った紙袋が落ちた。
「ち……違うっ!」
真っ赤になったユウマと弘樹が同時に叫んだ。




