第25話 最悪な再会
ふと、顔を上げると廊下でモップがけをしている遠藤がいた。彼はユウマの姿を見つけると、ニヤニヤしながらこちらに近付いてきた。
「科学工作部へ入ったそうだな。そんなに暇なのか?」
「そ、そんなんじゃない。隠し童の捕獲を計画しているらしいから、調査のために潜入したんだ」
「その割には随分と仲良さそうじゃねえか」
「演技さ」
「ふうん。まあ、友達ごっこも今のうちだけだ」
「どういう意味だよ?」
「その外見のせいで、おとこおんなってバカにされ続けたんだろう?少数派を優しく受け入れてくれる人間など居やしねぇんだ。俺っチも、こんな姿だから何処へ行っても嫌われ者さ」
キシシと歯の間から息を漏らすように笑い、猫背でボサボサ髪の自分を指さす。
「しかも、お前ぇは盗人。あいつらと友達になれる訳ゃねぇ」
「……そんなこと、分かっている」
「早いとこ、例のブツを探して来い。俺達と一緒に冥界へ行って天下を取ろうぜ」
そう言って去ろうとした遠藤が、1人の男子生徒とぶつかった。小柄な彼は弾き飛ばされるように転び、その弾みで持っていたバケツの水をひっくり返した。
下半身を水浸しにされた男子生徒が、廊下へ転がる遠藤の背中をつま先で小突いた。
「おいっ。水がかかっちまったじゃねえかよ!」
怒鳴り声を上げ、スラックスを指さす。
遠藤は持っていた雑巾で拭こうとしたが、男子は怒鳴りながら拒否し、転がっているバケツをわざと遠くへ蹴飛ばした。
「そんな汚ぇ雑巾で拭いたら、余計に汚れるじゃねえか!」
「へ、へぇ、すんません」
ぺこぺこと頭を下げる遠藤を何度も蹴飛ばす。
周囲に円陣を描くように生徒達が集まって来た。だが、それを気にもせずに男子は暴力を続けていた。いや、むしろ、自分の強さを誇示するかのように、大声で怒鳴り散らしている。
「クソじじいめ。どこに目をつけていやがる!」
「すんません……すんません」
見かねたユウマは「もうやめろ」と、その男子学生の肩を掴んだ。
振り返った男子の顔を見た途端、ユウマの背中にぞわぞわとした悪寒が走った。
小太りの顔。カミソリで切ったような細い目。まるで不良漫画に描かれるような着崩した制服とリーゼントヘア。
彼の名前は河野俊一。中学時代にユウマを虐めた主犯格だ。
「おいおい、誰かと思ったらユウマかよ?まさか、お前がこの学校にいるとはなぁ……運命だぜ」
再会を喜ぶというより、獲物を見つけたかのような意地悪い笑顔を見せる河野。
ユウマの脳裏に中学時代の屈辱や恐怖心が蘇り、その場から逃げようとした。
だが、ある思いが頭をよぎった。
俺は人間のルールに縛られない妖怪になったんだ。気に入らない奴はブン殴っても良い。相手を怪我させたって構うもんか、と。
しかも、先ほど弘樹と喧嘩になりかけたので、今は機嫌が悪かった。だから頭の中で思ったことがつい口に出てしまった。
「何が運命だ。気持ち悪い奴め」
それを聞いた河野は初めキョトンとした表情を見せたが、やがて馬鹿にしたように笑い始めた。
「へえ。言うようになったねえ。高校に入って少し成長したのかぁ?だが、俺に楯突こうなんて百万年早いぜ」
言いながら、ユウマの肩を何度も小突く。
「弱っちいお前に何が出来る。中学の時みたいに泣いて逃げ回ってみろよ」
勝ち誇ったようにニタつく河野。そして周囲の生徒達へ聞こえるように、わざと大声で言う。
「男か女か分からん面のクセに、偉そうにしてんじゃねえぞ」
怒りでカッと頭に血が上ったユウマ。素早く動いて彼の右手首を掴み、同時に顎を押した。
バランスを崩した河野が背中から倒れ、その隙に、ユウマは素早く去った。