第20話 3人の子供時代
放課後の科学工作部室。
翔太からモジュールの組み立て方を教わったユウマは、1時間に7個も作り上げた。幼い頃より祖母から裁縫を習っていたので、手先が器用なのだ。
すごいすごいと褒め称える翔太と明美の傍らで、弘樹は頬の筋肉をひくつかせていた。無理な仕事を要求して化けの皮を剥いでやりたかったが、その思惑に誤算が生じてしまったのだ。
「このくらい出来るからって、調子に乗るんじゃねえぞ。もっと作ってもらうからな」
「どうして、あんたが仕切ってんのよ。余計なこと言わなくていいから、しっかり働いてよね」
明美の指摘にギリギリと奥歯を噛みしめた弘樹は「うむむ」と悔しげな声を漏らした。
「ごめんね。コイツったら、昔からバカだから……でも、けっこう良いとこもあんの。許してあげて」
ユウマへ耳打ちする明美。
「アタシ達はね、同じ町内に住んでいる幼なじみなのよ。ついに高校まで一緒になっちゃった」
エヘヘと笑う。
「弘樹は手のつけられない悪ガキだったの。警察の世話になった事も一度や二度じゃないし、このままだと確実に少年院行きだって言われていたのよ」
弘樹は不良少年で有名だった。
小学校低学年で既に中学生並みの身長があり、素行の悪い友人達と非行を繰り返していた。
明美は商店街の一角にある理容店の娘。翔太は大豪邸に住む坊ちゃん。育つ環境は違うもののウマが合った2人はいつも一緒に遊んでいた。弘樹はそれが気に入らず、再三にわたって嫌がらせをしていた。
正義感の強い翔太は幼いながらも明美をかばい、自分を犠牲にして守った。弘樹はそんな彼を生意気だと余計にイジメていた。
ある日、幼い子供が公園の池にボールを落とし、明美が竹竿を使って取ろうとしていた。それを見た弘樹は悪ふざけのつもりで後ろから突き飛ばした。
バランスを崩した明美は慌てて弘樹の腕を掴み、2人が池へ落ちた。
池は深く、泳げなかった彼らは溺れてしまったが、ぐうぜん通りかかった翔太が池へ飛び込んだ。
火事場の馬鹿力といえばそうかもしれない。翔太がスイミングスクールへ通っていたという幸運も重なり、溺れる2人を救い上げることに成功した。だが、かなり水を飲み、そのまま昏倒した。
病院へ運ばれた翔太は肺炎と診断され、2日間ほど意識不明となった。その間、弘樹はずっと病室から離れなかった。
酸素マスクをつけた翔太の寝顔を見ながら、彼は考えた。
世の中は弱肉強食。俺は強いから好き勝手しても許され、弱者相手には何をしても良いはずだ。
でも、コイツは力が弱く女の子とばかり遊んでいる坊っちゃんなのに、みんなから好かれているのは、なぜだ?
池に落ちた時は、泳げない俺はコイツにとって弱者だった。俺に復讐する絶好の機会だったのに、なぜ助けたんだ?
そんな時、病院の廊下で話す大人達の会話が弘樹の耳に入ってきた。
むかし、翔太には妹がいたが交通事故で亡くなってしまった。
原因はドライバーの酒気帯び運転。TVニュースでも報道され、裁判の結果、ドライバーは罪を償うため刑務所へ入った。しかし、亡くなった妹はもう帰ってこない。
翔太はその時に決心したのだ。妹の分までしっかり生きて皆に優しくし、役に立つ人間になろうと。
その話を聞き、弘樹は思った。
俺を助けた理由はそういう事だったのか……ひょっとして、こいつは俺より強い奴じゃないのか?背も小さいし腕力も無いけど、俺とは気構えがまるきり違う。一本筋が通っている。
俺も、そうなりたい。
どうやったらなれるんだ?
翔太の意識が戻ったとき、弘樹は土下座して謝罪し、
「弟子にしてくれ」
と、頭を下げて翔太を驚かせた。
その様子を見ていた空手オジサンが、弘樹に声をかけた。
「お前は力が強い。だから、その使い方を学び、心の強さに繋げていくべきだ」
そう言った彼は弘樹を公民館へ連れて行き、自分が師範を務める空手道場を紹介した。それ以来、弘樹は練習に打ち込み、悪い連中とは手を切った。
弘樹は翔太や明美、そして空手オジサンの事を恩人と呼び「強くなって、俺が守ってやる」と宣言した。
「おい、明美。お前こそお喋りに夢中になって、手が止まっているぞ」
さっき注意された弘樹が仕返しとばかりに言う。
ドヤ顔の彼の表情を見て、プウと頬を膨らませた明美だったが、徐々にニヤケ顔になった。
「実は子供時代の写真を持っているの。コイツったら、あの頃はチンパンジーみたいで可愛かったのよ」
明美がポケットからパスケースを取り出し「ほら」と言いながら見せた。
そこには蝶ネクタイ姿の翔太と、道着を身に付けた幼い弘樹が写っていた。
「見せるな!っていうか、そんな写真を持ち歩くんじゃねえ」
恥ずかしさで真っ赤になった弘樹が、パスケースを奪おうと手を伸ばしてくる。
「放っておいてよ。アタシの宝物だし」
明美はそれをひょいとかわしながら舌を出した。




