第19話 窮地からの脱出
明美が弘樹の尻を蹴飛ばした。
「痛っえな、何しやがる!」
「早々に喧嘩をふっかけようとしてんじゃないわよ!新入部員の一年生は、学校行事の盛況と生徒会の存続にとって超貴重な存在なんだっちゅーの!」
「だが、俺は見た。コイツは机の上に手を伸ばしていたんだ」
「机の上?」
翔太と明美は、訝しんだ表情でユウマの顔と机上を交互に見た。せっかく脱しかけている窮地なのに、引き戻されては堪らないと、ユウマは焦った。
「え、えっと……あのぅ……金色に光る珍しい物が見えたので、何だろうと興味をひかれて……」
「金色?ああ。あれのことか」
翔太はポンと手を叩くと、書類をかき分けて例のキューブを手に取った。3センチ四方の立方体で、表面には複雑な赤い模様が掘られている。
明美がそれを覗き込んだ。
「これって、理事長から頂いた物なんでしょ?」
「ああ。去年アライグマを捕まえた後……だったかな?急にここへ訪れて『木を隠すなら森の中』と言って置いていったんだ」
「木を隠すなら……?意味分かんないし。っていうか、この派手な金色と赤は南米土産って感じだわ」
「きっと褒美のつもりだったのさ。丁度良い重さだからペーパーウェイトとして使っていたんだ」
腕を組んだ弘樹がギリリとユウマを睨みつける。
「これを金目の物だと狙って、盗もうとしていたんだろう?さては、お前が学内で騒ぎを起こしている泥棒の正体だな?おい、正直に言え!」
翔太が「まあ、落ち着けよ」と、弘樹の肩を叩いた。
「部屋のカギは、僕がかけ忘れていただけかもしれない。最初から疑うのは良くないよ」
「そうね。金ピカだから目を引くのも無理ないわ」
明美は近くにあった白テープに『科学工作部』と書き、キューブのあちこちに貼り付けた。
「ほら。これで備品っぽくなったわ」
カラカラと笑う。
ユウマは必死に考えた。もっと真面目さと潔白さをアピールして疑いを晴らすべきだ、と。そこで、翔太と明美の言葉に反応した。
「鍵が開いていたとはいえ、勝手に部室へ入ってごめんなさい。オレが悪かったです」
ペコリと頭を下げる。
「ヤダ、ちょっと可愛いんだけど~」
明美は身体をくねらせながらユウマの頭を撫で回した。
「お前らって、相変わらずのお人好しで脳天気だな」
天真爛漫な友の姿を見た弘樹は、そう呟いて溜め息をついた。
完全に危機は去ったとユウマは心の中で安堵し、同時にほくそ笑んだ。なぜなら部員ならば部室に出入り自由なので、簡単にキューブを盗めるからだ。
「おい」
手を取り合って小躍りする3人の背後から、弘樹が低い声で呼びかけた。
「さっそく、放課後から仕事をしろ。お前が怪しくない人間かどうか試してやる」
そして、作業台の電子基盤を顎で指した。
「俺たちはセンサーを作っている最中だ。手先の器用さと根気が必要な難しい作業だ。ちなみに俺は1時間で3個も作ったが、作業終了時には指が震えて使い物にならなかった。お前の入部したい気持ちが嘘じゃねえなら、例え苦しくても努力と根性でやってのけるはずだ。潔白と誠意を俺に見せてみろ!」
そう言って、ユウマの目の前へ太い人差し指を突き出す。
呆れた明美が、弘樹の脛を蹴っ飛ばした。
「いちいち、スポ根漫画やってんじゃないわよ。バッカじゃないの!」




