第1話 ドロボウ巫女
23時。
石野学園の裏門近く、街路樹の陰へ隠れるように巫女が立っていた。
街灯に照らし出される整った顔立ちと青白い肌は、白と朱の衣装と調和して儚げな少女の幽霊に見える。暗がりに佇むその姿を、もし通りかかった者が目にしたならば、きっと腰を抜かすだろう。
だが、よく観察すると足にはスニーカー、背中には大きめのバックパックという不釣り合いな格好をしている。
彼女の名前は影安ユウマ。この春、石野学園へ入学した1年生だ。
いや、彼女というか彼というべきか。
なぜなら、男子生徒として通学しているからだ。
妖艶ともいえる中性的な雰囲気は、街を歩けば10人中10人が振り返る美男子であるが、化粧と服装で少女へと変身する事ができる。
ユウマはその特異な容貌をフル活用して隠し童の姿に扮し、学園へ不法侵入しようとしているのだ。
万が一、犯行現場を見られても、本当の正体には気付かれないはず。隠し童で有名な学校なので「出た」と噂されるだけで済むだろう。
そう考えたのだ。
ユウマは何度も周囲を見て、人や車の往来がない事を確認すると、道路を小走りに渡って裏門へ向かった。
和風の大きな木製の門には、警備レベルの高いセキュリティシステムが設置されている。
さっそく監視カメラが巫女の姿を捉え、不審な行動を記録し始めた。だが、ユウマはそれを気に止めるでもなく電子キーを前に佇んだ。
数字の並んだボックスへ手の平をあて、精神を集中させる。
長いまつげの瞳が見開かれ、薄くルージュを引いた唇が真一文字に結ばれた。
脳裏に電子機器のイメージが広がる。夜景を思わせる光のスクエアと、その隙間を縦横無尽に走る光線は集積回路の内部だ。
ユウマはそれらに念動力を送った。
すると、監視カメラが機能を停止し、システムもシャットダウンした。そしてカチャリという音と共に門の鍵が開いた。
最新鋭のセキュリティも、ユウマの念動力の前には無力だった。
門を開けると校庭林と呼ばれる林が広がっており、木々を左右へ分けるように石畳の車道が奥へと伸びている。ユウマはその道を進み、校舎へ向かった。
校内へ侵入し、たどり着いた先は学生ラウンジだった。
天窓から差し込む月光が、敷き詰められた丸テーブルと椅子の存在をうっすらと見せている。そこを縫うように歩き、目標のベーカリーショップへ向かう。
扉を開けるとパンの香りが鼻をくすぐる。昨日から何も食べていないので、それだけで腹がグゥと鳴った。
冷蔵庫を開けて売れ残ったパンを手に取り、そのまま座り込んで頬張る。空腹だったせいもあり、とても美味しかった。
美味しいのだが、涙が流れてきた。
金が無いので食べ物を買うことが出来ない。泥棒しなければ生きていけないのだ。ガスと電気が止められて2ヶ月。最近は水道料金の督促状も届くようになった。
「……ばあちゃん」
暗闇の中、呟くユウマの涙声とパンを咀嚼する音が聞こえた。