第15話 怪しい理事長
「2日前、この提案の許可を貰うために校長室に行くと、ちょうど海外出張中の理事長と電話中だったの。二人とも声がデカイから会話が筒抜けだったわ」
明美は右手で受話器の形を作って、理事長のモノマネを始めた。
『警察に連絡する?それはダメだ』
すると、今度はオドオドした様子の校長のモノマネを始める。
「い、いやしかし、これはプロの泥棒の仕業だと思われるので、警察に被害届を出すべき事件です」
『プロの泥棒がセキュリティを止めてまで、パンを盗みに入るわきゃねーだろ。きっと動物の仕業さ』
「動物……ですか?」
『去年アライグマが出た時にケーブルを齧ってシステムがダウンしただろう?今回もそれに違いない。とにかく警察に連絡するのは最後でいい』
『いや、でも……』
明美のモノマネは意外と上手く、翔太と弘樹が「うける!」と拍手した。
「んで、私はそのタイミングで受話器を奪って、怒る校長を無視して理事長と話を進めたの」
明美は再び手を受話器の形にした。
「生徒会が何もせずに静観している状況は良くないと思い、生徒会長として皆を安心させるため、学生主導で犯人探しをしたいんです」
『なるほど。で、科学工作部を使いたい、という訳か?』
「はい。科学的に検証して証拠を得られれば、皆の安心も高まります」
『……フフフ……ラッキー』
「え?」
『な、何でもない。その提案を許可する』
「マジ?!即答なんだけど、検討とかしなくて良いんですか?」
『うむ。お前達はアライグマ捕獲の実績があるし……パン泥棒の出現は想定外だったが、警察なんか来たら、こっちの計画がパーになっちまうんだよ』
「想定外?計画?いったい何の話?」
『いや、ゴホン。気にするな……とにかく警察だけは勘弁してもらいたいんだ。それから、今後は出来るだけ科学工作部長———翔太と一緒に行動してくれ』
「どうして?」
『二人一緒にいてくれた方が都合がいいんだ……』
「あの、理事長。さっきから様子が変だけど、大丈夫ですか?」
『ウォッホン。何でもない。まあ、そういう事でくれぐれも頼む』
なぜ検討もせずに提案を即決したのか、翔太と一緒にいるよう勧めるのか、と明美の頭上にはハテナマークが飛ぶ。
だが、そんな疑問は喜びの気持ちですぐに塗りつぶされた。
「何だかよくわからないけど、翔太と生徒会の仕事をする公認をゲットできたわ!」
明美はスキップしながら校長室を後にした。
———という個人の想いは、もちろん2人の男子には語らず、受話器の形をした右手を静かに膝へ置いた。
「理事長の態度には怪しさが残るけど、まあ、お墨付きをもらえた訳だし、これからは私もできるだけ科学工作部の活動に参加するわ」
明美は翔太を横目でチラリと見て、頬をうっすらと赤く染めた。
一方で、弘樹は口を尖らせて不満げな表情を見せた。
「ちょっと待てよ。どうして俺を面倒事に引き込むんだよ」
「この作戦のメンバーに入れてあ げ る と言っているの。停学を喰らったせいで、空手部は謹慎中だけど、アンタは科学工作部員でもあるし、去年のアライグマ捕獲のメンバーでもあるんだから」
「俺ぁ、名前を貸しているだけの幽霊部員だ」
「馬鹿ねぇ。生徒会へ協力しているという実績を作れば印象が良くなって、部活の出禁も早く解除されるでしょう?」
「ま、まあ、確かにそうだな……」
明美は弘樹の背中をポンと叩いた。
「期待しているわよ。こき使ってあげるからね」
ニマッと笑う。彼女の隣で、翔太も意地悪そうな笑顔を見せた。
「クッソ……勝手にしろっ」
そう毒づく弘樹が、たい焼きに手を伸ばしてガブリと噛みついた。
終始、不機嫌な表情であったが、別に不愉快というわけではなく、ただ照れくさかったのだ。
皆から乱暴者という印象を持たれ、学内では問題児として他の生徒達からは敬遠されている。いつも通りに話しかけてくれるのは、この2人と、空手部の仲間だけだ。
今回は女子学生を守ったとはいえ、警察の厄介になり12日間の停学処分を受けたのだから、周囲からの評価はガタ落ちだった。
翔太と明美は、そんな自分を独りにさせないよう生徒会の仕事に誘ってくれたのだ、と弘樹は気付いていた。
「あの……よぅ……ありがとよ」
口いっぱいにたい焼きを頬張り、目を伏せたまま恥ずかしそうに言う。
翔太と明美は顔を見合わせて微笑んだ。