第13話 停学開け初日
西側校舎の1階から2階までは部室棟と呼ばれ、様々な部活と同好会の部屋が並んでいる。
その廊下を塩崎弘樹は歩いていた。
空手部の2年生。
190cmを超える長身と鋭い眼光。
赤みがかった短髪と、もみ上げから顎にかけて伸びる無精ヒゲ。
ノッシノッシと歩く彼の前を他の生徒が慌てて避ける。その様子はまるで海を分け隔てるモーゼのようだ。
学生達から『キングゴリラ』と呼ばれ一目置かれている彼は、普段は大人しいが怒ると猛獣になる、と恐れられていた。
実際に2週間ほど前、街のチンピラ5人を相手に大喧嘩をして4人を病院送りにしている。ただ、その理由が、ナンパされ無理やり車へ乗せられそうだった石野学園の女子生徒を助けたというものだったので、警察からの厳重注意と、学園からの停学処分だけで済んだ。
そして今日、12日間の停学が明けて登校したのだ。
弘樹は部室棟の廊下を端まで進むと、科学工作部というプレートが貼られた扉を開けた。
室内には電子機器が並ぶスチール棚が、まるで壁を囲むように置かれている。部屋の中央に鎮座する大きな作業台では、1人の男子生徒がノートパソコンに向かって、軽やかにタイピングをしていた。
彼は弘樹の姿に気づくと笑顔で右手を上げた。
「やあ」
彼の名前は石戸谷翔太。
すっきりと整った顔立ちとセンターパートの髪型が印象的なイケメン男子学生。科学工作部部長の2年生だ。
「急に呼び出してゴメンよ」
「気にするな。12日ぶりのシャバだ。空手部も当分のあいだ出禁だから暇さ」
弘樹はニヒルな笑みを浮かべ、近くの椅子にドカリと座った。
「で、俺に何の用なんだ?」
ギロリと睨む。
小さい子供ならそれだけで泣き出すだろう。だが、翔太は全く動じずニコニコとしながら話し始めた。
「実は、もうすぐ生徒会長がここへ来る。大事な話があるので弘樹にも立ち会ってもらいたいんだ」
「会長……あいつが?」
弘樹は露骨に嫌な顔を見せ、座ったばかりだというのに再び席を立とうとした。
「ちょっと急用を思い出した。俺は帰る」
翔太はその太い腕にぶら下がるようにすがりついた。
「さっきは暇だって言ったじゃないか。ちょっと付き合えよ」
「どうせまた、くだらない頼み事でもするつもりだろう?あんな人使いの荒いヒステリー女の言うことなんて聞いていたら、こっちの身が持たないぜ」
「ふうん。誰がヒステリーですって?」
背後から声が聞こえ、2人がビクリと身体を震わせた。いつの間にか女子生徒がドアの前に立っていた。
つけまつげと派手なネイル。そして栗色の髪と短いスカート。見た目は完全に白ギャルだ。
彼女の名は石田明美。3年生の生徒会長だ。
マズった、と頬をひくつかせる弘樹。
「いちおう手土産を持って来たけどぉ。弘樹クンはいらないってワケ?」
明美がイタズラっぽくニヤけ、ウサギ庵の店名が描かれた紙袋を持ち上げた。その途端、弘樹はピクリと眉を動かした。大好物のたい焼きだ。
ツカツカと部室へ入ってきた明美は、弘樹の前を通り過ぎる時に脛を蹴っ飛ばした。仁王像のような大男が、思わずギャッと悲鳴を上げた。