第12話 大騒動
一歩、二歩と接近してくる隠し童。だが、ふいに歩みが止まって首を傾げるような仕草を見せた。
「あなたは……ダイモンじゃない?」
そして、大きな赤い瞳でギロリと睨み、凄んだように言った。
「ここの鍵には人間では開けられない罠を取り付けているのよ。一体どうやって解錠したの?」
この妖怪に捕まると生気を吸い取られて殺される———恐怖で錯乱したユウマは叫びながら理事長室を飛び出し、廊下を駆けた。
息を切らして走り、生徒玄関を目指す。
「お待ちなさい」
背後から隠し童が追いかけて来る。ユウマは廊下を縦横無尽に走った。
階段を駆け下り、直線の廊下を走り、また階段を上がり、そして廊下の突き当たりを曲がる。
そこでユウマは止まった。
廊下の窓辺に並んでいる沢山の天体望遠鏡と、それを覗いている大勢の生徒がいたからだ。
その日、天文学部の月面観測会が開かれていた事を知らなかったユウマは、十数名の部員達の前に姿をさらけ出してしまったのだ。
暗がりの廊下に突如として現れた巫女に周囲は騒然となり、あちこちで叫び声が響いた。
自分を追っていた隠し童はいつの間にか消え、それと入れ替わるように男子学生達が追いかけてきた。ユウマは念動力を使って掃除用具を廊下へばらまき、追跡を妨害した。
だが、玄関から出たところで、今度は生物部の夜間昆虫採取会のメンバーと鉢合わせした。
「妖怪が出た」
「隠し童だ」
あちこちで叫び声と悲鳴が響き渡る中、逃げ惑う学生と謎の巫女を追う学生とが入り乱れて大騒動となった。
このままでは逃げられないと判断したユウマは校舎内に逆戻りし、ロッカー室へ駆け込んだ。そして常備している変装用の女子制服に素早く着替え、パニックと混乱が渦巻く廊下へ出てしゃがみ込んだ。
おびえる女子生徒の1人を演じるユウマの前に、男子生徒達が駆け寄ってくる。
「あっちへ逃げたよ!」
廊下の向こうを指さすと、彼らはドタドタと走り去った。
その隙にユウマは校舎から脱出し、校門を出て夜の住宅街へ溶け込むように去って行った。
翌日。
その出来事は瞬く間に全生徒へ知れ渡り、隠し童の姿を撮影した写真が学校新聞の号外を飾った。
幸いだったのは口元から下しか写っていなかったことだ。
生徒達の間では隠し童出現の話題で持ちきりになり、収まる気配が無かった。