第11話 現れた隠し童
その日の夜。21時を少し回った頃、巫女姿に変装したユウマが校舎へ侵入した。
真っ暗な校内には誰もいない。昼間の喧噪が嘘だったかのように静まり、ユウマの足音や衣擦れの音だけが反響している。
ふと、窓を見ると、そこに自分の姿が写っていた。
乱れた長髪ウィッグを手櫛で整え、着崩れた胸元を直す。両手を広げて全身を写し、その場でクルリと回ってみた。コスプレは完璧だ。
廊下を進み、校舎の2階中央に位置する理事長室へ到着した。
入り口は豪華な木製で、ドアノブ付近に丸い形の指紋認証パネルが見える。
「変わったセキュリティーだな。でも、オレには玩具みたいなものさ」
そう呟いたユウマは、パネルに手を置いて半眼で瞑想した。
いつも通りに意識が内部へダイブしたが、すぐ違和感に気が付いた。自分の知っている電子部品とは違うものが張り巡らされている。まるで侵入者を待ち構えるクモの巣に触ったように感じて、思わずサッと手を引いた。
「何だ、今の?」
自分の右手とキーパネルを交互に見比べていると、唐突にカチャリと解錠の音が聞こえた。
まさか、罠じゃないよな?と思いながら、そっと扉を開き、室内を伺う。
暗がりの中に革張りの応接セットと大きな机がうっすらと見える。絵に描いたような理事長室、もちろん人の気配は無かった。
罠ではない。心配ないようだ、と判断したユウマは、さっそく物色を始めた。
本棚の扉や引き出しを片っ端から開け、ラグマットの下やテレビの裏も念入りに確認した。だが、いくら探しても金庫のようなものはどこにも見当たらない。
あと15分ほどで警備員の巡回が始まる。もう時間が無い。あと1分、あと30秒と粘ったが、目的の物は見つからなかった。
後ろ髪引かれる思いで部屋から出ようとした時、ふと、視界の端で何かが動いたように見えた。
ハッと窓を見ると、月明かりに浮かぶ木々のシルエットに混ざって人影があった。
着物のような服が風に揺れている。
ここは2階なので、垂直の壁をよじ登りでもしない限り、外からの侵入は不可能だ。
こちらをギロリと睨む真っ赤な目。その人物は窓を開けてこちらへ近づき、不気味な少女の声で言った。
「現れたわねダイモン。あなたがキューブを狙いに来るだろうと、入り口の鍵に仕掛けを施して正解だったわ」
おかっぱに頭に、巫女姿の少女———本物の隠し童?!
ユウマは恐怖のあまり息を飲んだまま固まってしまった。