第114話 帰還
次に、富一はユウマの前に立った。
「さて、君の番だ。校内での泥棒の件だ」
ユウマの表情が変わり、一気に緊張が高まった。
「頻回に渡ってセキュリティを止め、無許可で校内へ侵入した。売れ残りとは言えパン泥棒も行い、各所へ忍び込んでキューブの窃盗もした。これは犯罪行為であり、見逃す訳には行かない」
富一は懐から封書を取り出すと、中の書類を広げてユウマへ見せた。
「これが、君への処分だ。自分で書いて提出しなさい」
そこには『退学願』の文字があった。
「叔父さん、待ってよ!それは、あんまり……」
翔太が言いかけた。
だが、弘樹が太い腕でそれを制止し、唇を真一文字に結んだまま細かく首を振った。
ユウマはシャツの裾を両手で強く握り、
「分かりました。ごめんなさい」
と、震えながら小さな声で言った。
呼吸が浅く早くなる。膝がブルブルと震えて座り込んでしまいそうだ。
そう。泥棒行為は見逃されることではない。警察に突き出されて当然なのに、自主退学の処分で済むくらいなら、むしろ感謝すべきだ。これが罪滅ぼしというなら真摯に受け入れよう。
ユウマは心の中で自分にそう言い聞かせた。
でも、これで自分の学生生活は終わる。もっともっと、いっぱい楽しいことをしたかった……。
「だが、俺はやる気のある学生が好きだ。だから、もう一度やりなおすチャンスが欲しいというなら、これを出しなさい」
そう言って、富一は2つ目の封筒を渡した。
そこには次年度の入学願書が入っていた。
ユウマは目を丸くし、富一と願書を交互に見た。
「更に、君には半年間の軟禁を命ずる。この星で、彼女達の力になれ。完全体である君の事をじっくり調べたいらしい」
ミキとマリが、歯を見せてニヤリと笑う。
「例の箱舟も君をマスターだと思い込んで会いたがっている。まるで子供だ。このまま地球へ帰ると、きっと宇宙を飛んで追いかけて行くぞ。目覚めさせた責任を取れ」
富一が眼下に広がる湖を指さす。
そこには黒い巨体の箱舟が、まるで鯨のように悠々と泳いでいた。
「ここの雑貨屋で働きながら入学試験の勉強をしろ。学費が無いなら、特別奨学生の枠を掴み取れ。無事に入学できたら、俺ん家に下宿しながら通学するといい。放課後はモモさんの下で家政婦としてアルバイトしろ。もちろん、ちゃんと給料は払う。それでどうだ?」
畳みかけるように言われ、ユウマは何も答えられなくなってしまった。
「君が幼い頃、俺の空手道場を訪れた時の目の輝きを覚えている。誰よりも熱心に稽古に励み一生懸命だった。急に君が来なくなって心配したが、悪い大人に付きまとわれて外出できないと聞き、稽古へ誘う訳にもいかず、とても残念だった。だから、君がここへ来たときは、結ばれた縁に驚いたよ」
富一が優しく微笑んだ。
明美と翔太が両脇からユウマの肩を抱きしめた。
「もちろん、その条件でOKよね。カゲちゃん?」
「叔父さん。最高だよ!」
ユウマは泣きながら何度も礼をし、弘樹も安心したように大きく息を吐いて空を仰ぎ見た。
「さて、時間よ。ユウマ、あなたのオドでスターゲートを起動してちょうだい」
頷いたユウマは岩面を右手で軽く撫でた。
梵字のような模様が岩肌に浮かび上がり、そして光り輝く。トーラスの中心では空間が水面のように波打った。
明美と翔太がトーラス岩の前へ立った。
真ん中の丸い空間に学園神社の境内が映し出され、そこから湿った柔らかな風が吹き込んで、明美の前髪を揺らした。
ミキが今まで見せたことのない満面の笑顔を浮かべ、両手を広げた。
「さあ。お行きなさい我が盟友よ。あなた達の未来は明るい」
翔太と明美は別れの涙を流し、皆に手を振りながらトーラス岩の中へ消えていった。
弘樹は無言で富一、マリ、ミキ、ロボと握手をし、最後にユウマと見つめ合った。
そして、しばらくの沈黙の後その頬に右手を伸ばした。
掌ですっぽりと覆われる頬。ユウマは思わずそれを両手で握った。温かく大きな手だった。
「じゃあ……な」
「オレ、頑張って入学するよ。だから待っていてね」
弘樹は微笑むと、力強く頷いた。
振り返ることなくゲートの向こうへ消えていく大きな背中。
ユウマは、その後ろ姿を追いかけて行きたくなる気持ちをグッと堪えていた。




