表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
115/116

第114話 帰還

 次に、富一はユウマの前に立った。

「さて、君の番だ。校内での泥棒の件だ」

 ユウマの表情が変わり、一気に緊張が高まった。

「頻回に渡ってセキュリティを止め、無許可で校内へ侵入した。売れ残りとは言えパン泥棒も行い、各所へ忍び込んでキューブの窃盗もした。これは犯罪行為であり、見逃す訳には行かない」

 富一は懐から封書を取り出すと、中の書類を広げてユウマへ見せた。

「これが、君への処分だ。自分で書いて提出しなさい」

 そこには『退学願』の文字があった。

「叔父さん、待ってよ!それは、あんまり……」

 翔太が言いかけた。

 だが、弘樹が太い腕でそれを制止し、唇を真一文字に結んだまま細かく首を振った。

 ユウマはシャツの裾を両手で強く握り、

「分かりました。ごめんなさい」

 と、震えながら小さな声で言った。

 呼吸が浅く早くなる。膝がブルブルと震えて座り込んでしまいそうだ。


 そう。泥棒行為は見逃されることではない。警察に突き出されて当然なのに、自主退学の処分で済むくらいなら、むしろ感謝すべきだ。これが罪滅ぼしというなら真摯に受け入れよう。

 ユウマは心の中で自分にそう言い聞かせた。

 でも、これで自分の学生生活は終わる。もっともっと、いっぱい楽しいことをしたかった……。

「だが、俺はやる気のある学生が好きだ。だから、もう一度やりなおすチャンスが欲しいというなら、これを出しなさい」

 そう言って、富一は2つ目の封筒を渡した。

 そこには次年度の入学願書が入っていた。

 ユウマは目を丸くし、富一と願書を交互に見た。

「更に、君には半年間の軟禁を命ずる。この星で、彼女達の力になれ。完全体である君の事をじっくり調べたいらしい」

 ミキとマリが、歯を見せてニヤリと笑う。

「例の箱舟も君をマスターだと思い込んで会いたがっている。まるで子供だ。このまま地球へ帰ると、きっと宇宙を飛んで追いかけて行くぞ。目覚めさせた責任を取れ」

 富一が眼下に広がる湖を指さす。

 そこには黒い巨体の箱舟が、まるで鯨のように悠々と泳いでいた。


「ここの雑貨屋で働きながら入学試験の勉強をしろ。学費が無いなら、特別奨学生の枠を掴み取れ。無事に入学できたら、俺ん家に下宿しながら通学するといい。放課後はモモさんの下で家政婦としてアルバイトしろ。もちろん、ちゃんと給料は払う。それでどうだ?」

 畳みかけるように言われ、ユウマは何も答えられなくなってしまった。

「君が幼い頃、俺の空手道場を訪れた時の目の輝きを覚えている。誰よりも熱心に稽古に励み一生懸命だった。急に君が来なくなって心配したが、悪い大人に付きまとわれて外出できないと聞き、稽古へ誘う訳にもいかず、とても残念だった。だから、君がここへ来たときは、結ばれた縁に驚いたよ」

 富一が優しく微笑んだ。

 明美と翔太が両脇からユウマの肩を抱きしめた。

「もちろん、その条件でOKよね。カゲちゃん?」

「叔父さん。最高だよ!」

 ユウマは泣きながら何度も礼をし、弘樹も安心したように大きく息を吐いて空を仰ぎ見た。


「さて、時間よ。ユウマ、あなたのオドでスターゲートを起動してちょうだい」

 頷いたユウマは岩面を右手で軽く撫でた。

 梵字のような模様が岩肌に浮かび上がり、そして光り輝く。トーラスの中心では空間が水面のように波打った。

 明美と翔太がトーラス岩の前へ立った。

 真ん中の丸い空間に学園神社の境内が映し出され、そこから湿った柔らかな風が吹き込んで、明美の前髪を揺らした。

 ミキが今まで見せたことのない満面の笑顔を浮かべ、両手を広げた。

「さあ。お行きなさい我が盟友よ。あなた達の未来は明るい」

 翔太と明美は別れの涙を流し、皆に手を振りながらトーラス岩の中へ消えていった。


 弘樹は無言で富一、マリ、ミキ、ロボと握手をし、最後にユウマと見つめ合った。

 そして、しばらくの沈黙の後その頬に右手を伸ばした。

 掌ですっぽりと覆われる頬。ユウマは思わずそれを両手で握った。温かく大きな手だった。

「じゃあ……な」

「オレ、頑張って入学するよ。だから待っていてね」

 弘樹は微笑むと、力強く頷いた。


 振り返ることなくゲートの向こうへ消えていく大きな背中。

 ユウマは、その後ろ姿を追いかけて行きたくなる気持ちをグッと堪えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ