第10話 報酬とやりがい
6月の中旬。梅雨晴れ。
抜けるような青空が爽やかだ。
石野学園高校では、その日も賑やかな学校生活が始まろうとしている。ユウマはいつものように1時間前に登校した。
つい2週間前までは、学校生活を楽しもうという気持ちになれず、周囲のものが全てが灰色でつまらないものに感じていた。
だが、今は違う。
空腹の心配はないし、シャワーだって毎日浴びることができるので、体臭を気にする必要もなくなった。
『この学校には隠し童という守り神が憑いている』
そんな祖母の言葉を思い出し、ユウマは首を振った。
ばあちゃん。隠し童は守り神じゃなく、理事長と一緒に悪い事をする奴だったよ。
オレはそいつらの宝を横からくすねて冥界へ行き、願いを叶えて普通の人間になるんだ。悪人からは何を奪ったって良いんだ。
朝の賑やかな廊下を歩き、社会科研究室へ向かう。
ノックをすると「どうぞ」と返事があった。
教師姿の大門は長い脚を組んだまま自席へ座っていた。彼は中指で銀縁のメガネをクイと上げ、こちらを笑顔で見た。
ソファには作業着姿の遠藤も座っており、ギョロリとした目でこちらを見ると歯を見せて笑った。
ユウマは紙袋を大門へ渡した。昨夜、校長室へ侵入した際に盗み出した2個目のキューブだ。
中身を取り出した彼は顔の前でそれを掲げ、クルクルと回し見た。約3センチの金色の立方体で、複雑な模様が彫られている。
大門と遠藤は感嘆の声を上げた。
「おお。素晴らしい。さすがユウマ君です」
「すげぇ。お前ぇ、やるじゃねえか!」
大絶賛する彼らの言葉にユウマは照れたが、そういう自分を見られるのは恥ずかしい。だから、仏頂面のままふて腐れたような顔をして、窓の外を眺めるフリをしていた。
泥棒がいけない事だとは分かっている。
だが、報酬によって当たり前の生活が出来るようになったこと、誰かに褒められ評価されているという至福感が、ユウマの背中を押していた。
「あと2個で我々は目的を達成でき、この学園の生徒達を生贄という残虐行為から救う事が出来ます」
大門は眼鏡の奥の細い目を更に細めて微笑み、照れているユウマの肩に手を置いた。
「君は正義の泥棒です。誇りを持って仕事をして下さい」
そしてジャケットのポケットから茶封筒を取り「今回の報酬です」と言って差し出した。
ユウマはそれを2本の指で挟むと素早くカバンへ入れ、静かに社会科教官室から去った。
ラウンジへと向かう廊下を歩きながら、ユウマは自然とニヤけていた。
正義の泥棒、というフレーズが心に響く。俺のやっていることは正しいんだ、生贄になる生徒達を守っているんだ、と口の奥で呟いた。
朝のラウンジには軽食をとる者や友人と談笑する者など、始業前の時間を楽しむ学生が集まる。
ユウマはいつものクロワッサンとコーヒーを買ってカウンター席へ座った。
目の前には、壁を伝って天井へ伸びる配線ケーブルがある。文庫本を読むふりをしてそれに触れ、念を送りながら軽く瞑想した。
その瞬間、意識がセキュリティシステムへ繋がった。校内に設置された監視カメラの映像が脳内に広がる様子はまるでSF映画のワンシーンのようだ。
校長室のカメラを選ぶと、天井付近から室内を写した映像と音声が脳内に展開される。左右へのパンニング、集音マイクで拾った音声の強弱も思いのままだ。
執務中の校長は、鼻歌交じりに書類へハンコを押している。
「どうやらバレていないようだ」
呑気な校長の下手な歌を聞いて、ユウマはクスリと笑った。昨夜はここを物色し、サイドボードの金庫から2個目のキューブをゲットしたのだ。
次はどこへ侵入しようか、3個目が保管されていそうな場所はどこだろう、と考えながら次々とカメラを切り替え、理事長室で止めた。
「やっぱりここだろうな」
誰の姿も無く、ひっそりとした室内が映し出されている。
閉ざされた白カーテンの隙間から陽光がこぼれ、絨毯と壁に光の筋が差し込んでいる様子が見える。
悪徳理事長に見つかると命を取られると思って敬遠していたが、避けて通れない場所だ。
「……よし」
ユウマは拳を握りしめた。