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第105話 富一

 老人の背丈はユウマと同じくらい。この星の人々と同じ様な服を着ており、白髪の角刈りだった。

「怒りに心を奪われた状態で、よく冷静な自分を取り戻せたな。アンタが堕霊化したら、俺がこの手で始末しなきゃならんかった」

 そう言って構えていた手刀を引く。ユウマは腰を抜かしたように、ヘナヘナとその場へしゃがみ込んだ。

 この人物がいつの間にここへ来たのか、どのタイミングで自分の背後を取ったのか、全く気が付かなかった。

 倒れている弘樹が、霞む目を擦りながら尋ねた。

「まさか、ジジイか?」

「ザマァねぇな弘樹。なんてやられっぷりだ」

「う、うるせえ。そっちこそ何でココにいるんだよ」

「何でって、姫ちゃんから応援要請が来たから、助けに来たんだよ」

「知り合いなの?」

 恐る恐る問うユウマ。弘樹は寝そべったまま小さく頷いた。

「翔太のおじさんだ。俺達に空手を教えてくれた師匠。学園の理事長だぜ」


 その言葉で急速に記憶が蘇った。

 あれは小学校5年生のころだった。

 妙な大人達に追い回されたり、友達が出来なかったりして世の中に絶望していた時、偶然通りかかった公民館の窓から、白い道着を身に付けた子供達が正拳突きの練習をしている姿が目に入った。

 あれをやれば、自分も強くなって悪い大人達をやっつけられるかもしれない。そう思って毎日のように覗きに行った。

 見よう見まねで突きの練習をしていると、突然、背後から声をかけられた。

『両脚を肩幅より開くんだ。つま先は真っ直ぐ前に』

 そこには白い道着の師範が立っていた。

 それが富一だった。

 怒られるのではないかと焦るユウマを気にもせず、富一は道場の子供と同じように教え始めた。

『引手をもっと背中の方に絞めろ……そうそう。腰を回転させるんだ』

 なぜかユウマも夢中になって指導通りに動き、10分ほどの稽古で汗だくになった。

『いいじゃないか、飲み込みが早いぞ』

 そう言って、富一はユウマの頭をクシャクシャと撫でた。

 褒められた。それが凄く嬉しかった。

『お前は筋が良いから道場に通え。なに、金が無いだと?……仕方ないな。じゃあ、ここへ来い。窓から覗いて技を盗み取れ。時間があれば俺が教えてやる』

 こういう面白い大人もいるのかとユウマは思い、世の中に対する絶望から抜け出すことができた。


 ゆっくり近付いてくる富一に向かって、少年の大門は大きな口を開けて精一杯の威嚇をした。

「富一め。貴様まで邪魔しに来たのか!」

「お雪サンの事は同情するし、彼女を助けたい気持ちも分かる。だからと言って無関係な人間を巻き込もうとするなんざ、筋違いじゃねえのかい?」

「黙れっ!私の気持ちは誰にも理解出来ん」

「理解できようができまいが、お前ぇのやっていることは最悪なんだよ。よくも、ウチの生徒に舐めたマネしてくれたな。落し前付けてもらおうか」

「ふざけるなッ!」

 大門が大きく振りかぶってパンチを出した。だが、富一は右手のみで、その攻撃を軽く払った。

「殺してやる!殺してやる!」

 メチャクチャに殴る大門の拳を、富一はまるで羽虫を叩き落とすように全て片手で弾いた。

「もっと気合い入れんと、俺に当たらんぞ」

「ウガァァアッ!!」

 ついに大門が飛びかかってきた。

 富一は絶妙な間合いで手刀を居合抜きのように振った。すると大門の右腕がナイフで切ったかのように切断され、足下に落ちた。

「腕がっ!私の腕が!」

 富一は、悶絶する大門の額に向かって左手の中指をはじいた。

「往生際の悪い子には、お仕置きだ」

 デコピンだ。辺りに響き渡る「バチン!」という派手な音と共に、少年の身体が駒のように回転し、床へ沈んだ。

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