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第9話 誘い

 確かに、関本富一と隠し童の関係は昔から噂されている。

 だが、人格者で経済王とも呼ばれている関本富一が、学生を生け贄にして私腹を肥やすことなんて有り得るのだろうか。

 それまで黙っていた遠藤が会話へ加わった。

「そろそろ富一が生贄を差し出そうと計画しているんだ。俺たちゃ、それを止めようとして冥界から来たエージェントさ。こうやって人間に変装して学校へ潜り込み、4つのキューブを探しているって訳よ」

 その言葉に大門は頷いた。

「キューブを奪えば、ゲートを閉ざして両者の関係を絶つ事ができます。しかし、思っていた以上に探索は難航していました。そんな時に君が現れたのです」

 大門が微笑み、可愛らしい少年の声で言う。

「君に、このキューブを探し出して欲しいのです」


 ポカンと口を開けて彼らの話を聞いていたユウマだったが、ハッと気が付いたように瞬きをすると、首を横に振った。

「……オ、オレにキューブを盗み出せって言うの?嫌だ。冥界とか悪の契約とか意味が分からない。オレは帰る」

 立ち上がったユウマがドアへ向かおうと一歩踏み出す。

「オトコオンナの妖怪などと自分を卑下し、しかも売れ残りのパンを盗むなんて、何か深い事情があるのでしょう?」

 そう言われて、歩みを止めた。

「君の学籍簿には、最近、お婆様が亡くなられたと書かれていました。ひょっとして、貧乏で満足に食べられないのでは?」

 振り返って睨み付けたが、少年は怯む事なく語り続けた。

「この学校は関本富一の私欲のために作られた悪の牙城のようなもの。だから、ここでの泥棒は許されます。悪い奴から盗むことは、むしろ善なのです」

「泥棒が良い訳ないじゃないか。オレだって好きでこんなこと……」

「きっと悩んだり苦しんだり葛藤もしたでしょう。私は、そんな君に人生をやり直すための力を貸したいのです」


 大門が上目遣いにユウマを見て、内緒話をするようにヒソヒソと言った。

「君の願いは何ですか?我々に協力し、この作戦が成功した暁には、冥界の力で望みを叶えてあげましょう。今までとは違った人生を歩んでみませんか?」

 そして目を三日月のように曲げて微笑んだ。

「富一がここまでの成功者になれたのは、隠し童から冥界の力を授かったからこそ。君にもそれと同じものを分けてあげます」

「オレには、願いなんて……」

 と、言ったものの、最後の言葉が掠れたように小声になってしまった。


 そう、オレは普通になりたい。

 男とも女ともいえない外見や両性という特徴。イカサマ手品師や魔女などと揶揄させる念動力。

 こんなものを持っているから苛められ、大人からはイヤらしい目で見られ、アルバイトも出来ず、パンを盗んで生きながらえ、日陰者のようにコソコソと生活しなくてはならないんだ。


 大門は懐から万札の束を取り出すと、ユウマの目の前で扇子のように広げた。

「今回の報酬です。私達には出来ないことを君は出来る。ですから、金に糸目は付けません。2個目を持って来てくれれば、もっとお支払いします」

「受け取れよ。遠慮すんな」

 遠藤がこちらを見て、ニヤリと笑った。

 これだけあれば、暖かいご飯が食べられる。水道料金とガス料金を払って、お風呂にも入れる。

 ユウマは震える両手で、お金を受け取った。


 社会科研究室を出たユウマは、生徒達が行き交う廊下をフラフラと歩き、放課後の学生ラウンジへ向かった。

 昨夜、盗みに入った学内ベーカリーショップへ行き、2個のクロワッサンにブルーベリージャムと生クリームをトッピングした。

 先ほどのお金で代金を支払い、商品を受け取ると窓際のカウンター席へ座った。

 躊躇いながら、皿の上のクロワッサンをしばらく眺める。

 きつね色の菱形と、ブルーベリーの深い紫と生クリームの白が絶妙な色合いで皿を飾っている。

 ああ、なんて可愛らしく美味しそうなんだろう。一度でいいから普通に食べてみたかったんだ。


 腹がグウとなる。

 口へ運んだ。

 焼きたてのパリパリとした食感。バターの香りと生地の甘さが口の中に広がる。

 美味しい。徐々に空腹が満たされていく。

 涙が頬を伝っていた。

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