プロローグ
50年ほど前。石野町がまだ農村だったころの話だ。
この村に住む2人の少年が行方不明になった。ともに12歳。農家の三男坊と庄屋の一人息子だ。
村の子供たちが雑木林の中で彼らの姿を見かけたのを最後に、忽然と消えてしまったのだ。
大人達が総出で探した。裏山、ため池、防空壕跡まで何度も捜索したが、見つからなかった。
二人が消えて数日が過ぎたころ、ある噂が囁かれた。
隠し童に連れて行かれた、と。
それは10歳前後の子供で巫女姿をしており、人間を冥界へ連れ去って生気を吸い取る妖怪だ。
だが、隠し童に気に入られれば知恵と願望成就の力を授かり、この世に戻ってくることが出来る。戦国時代に名を馳せた武将や、現代の有名企業の経営者もこの妖怪に会って幸運を手に入れたといわれている。
元々この土地には古くから妖怪と交流していたという伝承があり、中でも『隠し童』の逸話は長く語り継がれ、文献にもその存在が残っている。
これだけ探しても手掛かりが見つからないのだから、きっと二人とも隠し童に遭ったのだろうと噂され、捜索隊は途方に暮れた。
行方不明から30日ほど経ったある日のこと、ひょっこりと彼らが帰ってきた。
あきらめムードが漂い始めた頃の突然の帰還に村中が驚きと歓喜に沸き、奇跡だと新聞の地方欄にも小さく載った。
やがて騒ぎも収まった頃、二人の性格に大きな差が見られるようになった。
農家の三男坊はそれまでの自由奔放さが消え、明朗で大人っぽい落ち着きと共に勘の鋭さが加わった。友人達からの信頼が厚くなり、子供ながらに人脈と人望が増した。
彼は大学で経済学を専攻した。そして地元に戻ると、不動産業と学習塾を始めた。
経営は成功し、それを足がかりに様々な方面へ事業を展開し、瞬く間に富を築いていった。
東京ドーム38個分にもおよぶ広大な土地を買い、私立高校を創立し石野学園と名付けた。
彼の作った学園は”隠し童の学校”として有名になった。
なぜか彼は古物収集と発掘調査に私財を注ぎ込んだ。そして、長年にわたる苦労の末、ついに4つのキューブを手に入れ学校の中に保管した。
そのキューブの正体が何なのか、彼は誰にも明かさなかった。
一方、庄屋の息子は傲慢な性格のまま成長していき、大人になると更に人格が歪み、部屋へ引き篭もるようになった。
実家は事業失敗による多額の負債を抱えたのが原因で、急速に衰退していった。
数十人も雇っていた家政婦や奉公人も、いつの間にかいなくなり、ついには家を売却し一家離散となり、一族はこの村から姿を消した。
息子のその後を知る者は誰もいない。