9 ヘタレな俺の初勝利
「…………いやだ……サバイバルはしたくない。出来ない、無理……」
先程『魔法』というキーワードでちょっと復活したけれど、その希望を遥かに上回る『一か月間もこの森の中を移動しながら暮らす』という現実に俺は思わずガクリ膝をついた。その拍子に『お助け妖精』もコロンと肩の上から落ちる。
「いたたた……あ、アラタ様! 大丈夫ですか?」
「……そうだ! 魔法があるじゃん。魔法でどこかの国の近くまで行くのはどうだろう? それかさっき言っていた妖精の道? それを通って森を出られるんじゃない?」
俺は目の前に来て俺を気遣う小さな存在に縋るような眼差しを向けた。
「む、無理です! そんな距離を移動出来るような魔法なんて使えません! それに妖精の道は妖精が通る道だからアラタ様は通れません!」
「…………サバイバルは不可避なのか。え、じゃあどうするの? ここで移動しながら一か月以上地べたで生活するの? 食べ物は? さっきみたいにその辺の木の実とか食べろって? それに、そうだよ水は? 水がなかったら死ぬよ。嫌だ、帰してくれ! 死んでしまった身体がこうして元に戻せるなら、前の所で暮らしてもいいじゃないか。就職活動があるんだ。働いて、稼いで、両親にも少しは親孝行をしたいし、恋人はいなかったけど、いずれは自分の子供だって……」
言いながら今度こそ涙が出た。異世界転移だとか魔法だとかちょっとばかり浮かれていたけれど、現実はどうにもままならない。読んでいた沢山の小説の主人公たちのようにもらった力を使って無双するなんて、現実ではやっぱりありえないんだ。少なくとも、俺にはそんな生活は無理だ!
「帰りたい。元の世界に帰りたい……」
俺はなりふり構わずうずくまった。
「…………あ、あの、お、お水は出せます!」
「え?」
「お水は出せます。きっと少しすればアラタさんにも出来るようになります」
流れる涙を小さな手が必死で拭いていた。
「……水、出せるの?」
「はい! おまかせあれ~」
『お助け妖精はそう言って小さな手をグルリと回した。すると俺の鼻先でちょろちょろと水が流れ出した。
「ちゃんと飲めますよ。喉が渇いたら言ってください。もっとレベルが上がったらもっと沢山の水が出せるようになります。食べ物も頑張って集めます! 私はアラタ様の『お助け妖精』ですから!」
「………………」
ああ、恥ずかしいと思った。
俺は二十一年も生きているのに、こんなに小さな子供のような存在に何度も八つ当たりをして、泣き出して、文句ばかりを言っている。
「アラタ様?」
「うん。教えてくれ、魔法。でもとりあえず、水はこの中に入れられる?」
俺は一口だけになっていたペットボトルの中身を飲み干して、差し出した。『お助け妖精』はもう一度「おまかせあれ~」と口にしてペットボトルの中に水を入れてくれた。先程のチョロチョロではなくあっという間にペットボトルがいっぱいになる。
ああ、この子は水の勢いを調整してくれていたんだなって、何だかそれだけで泣きそうになった。
うん。水の問題はどうにかなった。食べ物も、この小さな妖精と一緒に集めよう。
とにかく一か月。どこかの国をめざして生きていこう。だけど、せめて、一矢報いさせてほしい。
俺はおもむろに立ち上がると、俺は空に向かって口を開いた。
「寝泊まりするテントや最低限の道具くらいはサービスしてくれ!」
「ア、アラタ様?」
「話し合いが出来なかったんだから、それくらいはしてくれ! そうしたら、俺も頑張るから!」
その瞬間、スマホがピロンと鳴った。
取り出してみると『インベントリ』と書かれているフォルダのようなものが出来ていて、開くと中にパラパラと見たキャンプの本に載っていたテントや道具のセットがあった。
試しにタッチしてみると目の前にドサリと現れる。
その瞬間なぜか「勝った」と思った。
「ありがとうございます。『お助け妖精』と一緒に、頑張ってこの世界で生きてみます」
「あわわわわ! え、えっと、えっと……すごいです~~~~~! 地上から女神様にお話が出来るなんて、アラタ様はすごいです!」
興奮してぴょんぴょんと飛び跳ねている俺の『お助け妖精』。
「すごいのは君だよ。ありがとう。一緒に頑張ろう。魔法も、この世界の事も、沢山教えてくれ」
「! おまかせあれ~!」
飛びついてきた小さな身体。
それをしっかり受け止めて、俺たちは再び森の中を歩き出した。
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