60 女神と『お助け妖精』
「うふふふふふふ……」
「またご覧になっているのですか?」
「だって、本当に可愛くて面白いんだもの」
『う、う、ウォール! あ、アースウォールゥゥゥゥゥゥ!!』
世界を映す鏡にはアラタの姿が映っていた。
『フォール!』
叫んでそのまま倒れてしまった少年はこの世界の者ではない。
否、この世界の人間の魂ではないと言った方がいいのかもしれない。元の身体は失われてしまい、魂を引き上げて連れてきたのだから。
「地球で事故が起きたと聞いた時には本当にびっくりしましたよ。しかも輪廻から弾かれるような事故などあってはならない事ですからね」
薄紫色の髪をした少女のような付き人はそう言ってため息を落とした。
そう。事の起こりはこの世界の咎人が、空間の割れ目を通り、地球に紛れ込んだ事からはじまった。それを見つけ、捕らえようとした時に事故が起きたのだ。
予想外の事故は周囲の地球人たちを巻き込み、時空を歪ませ、彼らを輪廻から弾き出してしまった。
それを地球の神と拾い上げ、戻す事が出来なくなった魂をこの世界まで運んで転生させた。
その数九名。
本当に大きな事故になってしまった。咎人となっていた『堕ち神』が無事に捕らえられた事だけが幸いだった。
「どうなるかと思いましたが、なんとか頑張っていますね」
「ふふふ、地上から私に直接話しかけてくるような者は初めてでしたからね。約束通りに頑張っているようです」
『寝泊まりするテントや最低限の道具くらいはサービスしてくれ! 話し合いが出来なかったんだから、それくらいはしてくれ! そうしたら、俺も頑張るから!』
事故の中で一番損傷が大きくて、赤子から転生をさせる事はとても出来なかった。
弱く小さな存在としたらとても生きられないと思ったのだ。
持っていた身体を甦らせ、年齢を下げて負担を軽く、その記憶を丁寧に戻したけれど、いくら待っても意識が戻らない。
本来であれば目覚めるまで待って説明をし、謝罪をしなければならないところだが、今回は他の者達もいる。だから神気が一番強い森の中へ落としたのだ。
赤子からではないと仕えるのは嫌だという『お助け妖精』ではなく、この魂を純粋に守ってくれるだろう者をつけて。
「まさか出会った翌日に『名』を受け入れる妖精だとは思わなかったけれど……」
『お助け妖精』に名前をつけて呼ぶ者はいる。だが、その名前を『真名』として受け入れる『お助け妖精』はあまりいない。
『お助け妖精』は神からの使いでもある。転生者を見守り、助ける一方で、何かあれば神への報告もする存在だ。
この世界で生きていくための力を与えられる代わりに、この世界の枠組みの中で秩序を守って生きていかれるのかを『お助け妖精』を媒介として監視される。
異世界からの転生者を受け入れても、この世界を異世界人に壊されては困るのだ。だからこの仕組みが出来た。
その中で、今回のように与えられた名前を『真名』として受け入れる妖精が稀にいる。
『真名』としてを受け入れた妖精は、主を守り、共にある事を願い、助け、寄り添い、同じ時間を生きる事になる。妖精は本来、人よりも長い時を生きるのだ。けれど与えられた名を真名として受け入れると、主の死は『お助け妖精』の死にもなる。
『お助け妖精』として生まれたなら、それを知らない筈はないのだ。
何がそれほどあの者が、短い時間の中で、かの『お助け妖精』の心を掴んだのか。
「それにしても、ヴィエンジュ様はあの者に少し甘すぎますわ。魔法だって、特別な力だって」
「そうかしら? あの者は本来であれば九十一歳までの時間をすごし、財をなし、家族に囲まれて、憧れていたスローライフというものも楽しんだ筈。人の生としては長いその時間と幸福の代償ならば、まだまだ足らないのかもしれませんよ」
「…………それは……まあ、何度かお供えもあがりましたしね」
「ふふふふ、そうね。彼はきっとこの世界に良い風を吹かせるでしょう。楽しみだわ」
けれど、ひと月経たないうちに彼らは『想定外の事』に巻き込まれた――――――…………
◆◆◆
「そのような姿になって、随分と無茶をしましたね」
女神は小さな光にそう話しかけた。
「光になれば魔物の手から逃れる事は出来ますが、戻るまでに時間がかかる事は分かっていた筈。それまでにあの者が死んでしまったら、お前は光のまま消えるのですよ」
『---------------』
「けれどあのような者たちがあの場所にいたというのは私としても想定外の事でした。これはあの森を管理する私の責任でもあります」
『---------------』
「姿を戻します。お前の主がお前の名を呼び、お前の帰りを待っています。守るならば、守り切る力をつけなさい。コパン」
小さな光はキラキラと輝いて、元の姿を取り戻した。
「ありがとうございます。アラタ様の声がずっと聞こえていました。『お助け妖精』として、あの方を守り、助け、共に生きる事を改めて誓います」
「頼みましたよ。せっかく拾い上げた命、この世界で幸せに過ごさせてあげなさい。とりあえず、あれらがなぜあそこに存在したのかの見定めと、アンデッド化しないようにする処置はこちらでします。お前はあの場に戻り、主を安全な場所へ移動させなさい」
「かしこまりました」
「ああ、それから、人の世では大変な事にあった時には「お見舞い」というものをするのだそうです。姿を早めに戻しただけではなく、これからあの者が行くかもしれない国についての情報もお前に伝えます」
女神はそう言ってコパンの額にそっと指をあてた。
「…………ありがとうございます。少しずつアラタ様にもお伝えします」
「アラタにも、二度もこのような『想定外の不幸な事故』に巻き込んでしまった謝罪を込めて、何か贈っておきましょう」
「ありがとうございます」
「さぁ、もうお行きなさい。お前はあの者が無茶をするのを止める者でもあるのですよ。共に生きるのであれば、共に成長もしなければなりませんね」
「はい! 胸の中に刻みます。ありがとうございました!」
少しの間にたくましく、強くなった小さな妖精はそう言って嬉しそうに女神の前から消えたのだった。
その後、贈答品を受け取ったらしいアラタの声があの日のように地上から直接届いた。
『め、女神様、ありがとう~~~~!!』
それを聞いてこの世界の主神ヴィエンジュは笑い、傍に仕える薄紫色の髪の少女のような側神ルーチェは少し怒りながら「また何かお供えが来るかもしれませんね」と口にした、らしい。
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