57 『神気(中)』の魔物たち
歩いて五分ほどで、コパンが気になると言っていた場所に着いた。
道から覗いてみると、確かにテントを張るにはちょうどいい感じの原っぱで、木陰になる木もあり、その奥は今までよく見てきたような森になっている。
「うん。普通の感じだな。中に入ってみる?」
「そうですねぇ」
緊張しながらそろそろと、ほんの少しだけ原っぱに足を踏み入れた。
「うん。特に何もないかな。でもセーフティーゾーンっていう感じはしないな」
「はい。違うと思います。きっとこの奥に行けば何か出るのかもしれません。でも今日は拠点を見つけたいから先に進みましょう」
「そうだな。そうしよう」
これ以上中に入る事はせずに、俺たちはそのまま回れ右をして、元の道に戻るべく歩き出した。
その瞬間。
「え……」
ヒュンっと小さな音がして顔の傍を何かが掠めた。
「アラタ様!」
コパンの引きつった声がして、次の瞬間俺の頬にスーッと生温かい血が流れ落ちた。
弓矢が掠めたのだと気づいたのはその後だった。
「解毒! 回復!」
コパンがすぐに俺の頬に手をかざし、そのまま防御の結界を展開する。
一体何が起きたのか、どこから矢が飛んできたのか。そう思った途端、いつの間に現れたのか、大きな体の二足歩行の野生のイノシシと豚を足したような、明らかに魔物だと分かるものが現れて、危険を知らせるポップアップが視界の中でチカチカと光った。
『オーク』『ハイオーク』……
それらが十体以上はいるだろうか。そしてその中の『オークアーチャー』という赤黒い肌をした魔物が弓を手にしたままニヤリと笑った。
「に、逃げよう、コパン!」
俺は思わずそう口にしていた。十体以上もいる豚の化け物。
『オーク』と言えばライトノベルでは定番の魔物だったが、実際にそれを見ると勝てるという気持ちは微塵も湧いてこない。
これがまだ一頭だけ、<はぐれ>のように出てきたというなら倒してしまおうと思ったかもしれない。けれど俺の倍以上もある体の化け物が十数体。しかも普通の『オーク』だけではなく上位種の『ハイオーク』とよく分からない『オークアーチャー』なんていうのがいるのであればなおさらだ。
背中を向けて逃げるのは怖いけれど、このままマッピングで転移をしてしまえば……
「わぁぁぁぁぁぁ!」
「コパン!」
フヨフヨと横を飛ぶ小さな身体を抱え込もうとした途端、コパンの身体がいきなり何かに掴まれるようにして浮き上がった。空中で身動きが取れないまま離されていく俺の『お助け妖精』。
「アラタ様! 逃げてください! 早く道に! 道に出てください!」
そんな事が出来る筈がないだろう!? というか『オーク』は物理攻撃の魔物だと思っていたけど、魔法を使えるのか? 俺はコパンを目で追いながら、もう一度魔物たちの方を見た。
『オークメイジ』
ポップアップがひときわ大きく出ていた。あれだ。すぐに理解した。
お伽話の魔法使いが持つ杖のようなものを手にしたあいつがコパンの身体を魔法で縛って引き寄せているんだ。
俺はそいつに向かって大きな『ファイヤーボール』を撃った。けれど魔法を使うらしいそいつはコパンを空中で縛り付けたまま持っていた杖を振り、俺の火球を吹き飛ばした。
「大丈夫です! 私は大丈夫ですから!」
「コパン、それを解いて自分だけ転移をしろ。俺もすぐに道に飛び出すから!」
それを聞いたコパンは小さく笑った。
「……転移は触れている者と一緒にしてしまうのですよ」
「! だって、魔法に縛られているだけだろう!? それなら……」
俺はその後の言葉を続けられなかった。以前コパンが言っていた、鎖の魔法で縛られているって思ったんだ。それなのにいつの間にか森の中から出てきた、他のオークたちよりも大きな奴がコパンを片手で掴んでいるんだ。
『オークジェネラル』
ポップアップがそう知らせてきた。多分、『ハイオーク』よりも更に高位種なんだろう。
「私は妖精ですから、大丈夫。どうやってでも逃げられます。だから早く!」
「い、いやだ! いやだ! 置いて行かれるわけないだろう! 俺の事を何だと思っているんだ! コパン、逃げる時は一緒だ!!」
俺は魔力を膨らませた。あの中で魔法を使えるのは一体。あの『オークメイジ』だけの筈だ。
そして気をつけなければならないのは弓矢を扱う『オークアーチャー』。
コパンを掴んでいる『オークジェネラル』は別格だけど。とにかくコパンを離させなければ。
『魔法は想像力です!』
コパンは何度も俺にそう言った。
『お兄ちゃんはさ、ほんとは何でも出来る男なんだからね! 自分を信じてあげなかったら自分が可哀想だよ』
環の声が俺の背中を押す。
「ガスの炎みたいに青く、熱く、消せない炎となれ! 『フレイム』」
笑いながら弓矢を構えたアーチャーと、杖を握りなおしたメイジの足元から青い炎が飛び出して、下っ端のオークたちが俺に向かって走り出す。俺は走ってくるそいつらの前に大きく、深い、大穴を開けた。『フレイム』に続けての『フォール』にグンと魔力が減った気がする。でも初めて使う魔法じゃないから大丈夫だ。
「グギャァァァァァァァァァ!」
『オークアーチャー』は炎の中で崩れ落ちた。
『オークメイジ』は自身の魔法で火を消した途端、降ってきた氷の矢でその体を刺し抜かれた。『アイスアロー』は初めて使ったので、少し多めに魔力が減ったけれど、『オーク』と『ハイオーク』の半分は穴の中に落ちてくれて、その数を減らしていた。
「コパンを、離せ!」
俺はインベントリからサハギンの銛を出して、残っているオークたちに近づいていった。
次はどうしたらいい? どうしたらコパンを取り戻せる? 早くしなければ、あの小さな妖精があの馬鹿みたいに太い腕に潰されてしまう。
「アラタ様ぁ!」
「今、助けるから。コパン」
だけど、『オークジェネラル』はそんな俺を見て嗤った。酷く醜い笑みだった。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!! アラタ様ぁぁぁぁぁ!! 逃げて……」
「コパン!」
豚の、俺のウエストよりも太いその腕に筋が浮かび上がり、五本ある馬鹿みたいに太い指が俺に見せつけるみたいにコパンの身体を締め上げる。
「コパン! コパン! やめろぉぉおぉぉぉぉ!!!!」
俺はその腕の付け根に向けてウォーターカッターをいくつも投げつけていた。けれどそれらはその腕に傷をつける事も出来ず、醜い肌の上で消えていく。
そして……
「だいじょうぶ……おたすけようせいだか……ら。だから、にげて……アラタさ……」
「いやだ! コパン! コパン――――――ッ!!!!」
その瞬間。小さな、俺の『お助け妖精』は、光の粒子みたいになって、俺の目の前でパァーッと弾けるように散ってしまった。
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