35 いただきます
二時くらいには無事に収納の整理と解体が終わって、今日の予定は終了。
とりあえず前に進まない事は決めていたので、それならこの近くをちょっと探検してみようかって話になった。
草原に小麦があったんだから、こんな原っぱみたいなところにも何かあるかもしれないなって。
「何か良いものがみつかるといいですね」
「そうだね」
肩の上に乗りながら機嫌よさげにそう言うコパンに俺はコクリと頷いた。
食料ばかり集めていたから、こんな風にただ歩いているっていうのは久しぶりの気がした。もっともまだこの世界に来て一週間経たないんだけどね。
「う~ん、あまりめぼしい物はなさそうだなぁ」
原っぱといっても少し歩けば木が多くなってきて林というか、森のようになってくる。こういった平らで木が少ないキャンプ場みたいな場所は、なんとなく一定間隔であるような気がするな。もしかしたら女神の意図的なものがあるのかもしれない。
ところどころポップアップが表示されているけれど、薬草のようなものが多い気がするな。そう思ってから俺はハッとしてコパンを見た。
「ねぇ、コパン。俺の読んでいた小説ではよく薬草を集めたりして売っていたりしていたけど、こういう薬草もお金になるのかな」
コパンは周囲をキョロキョロと見回して「そうですねぇ……」と口を開いた。
「珍しい薬草は高く売る事が出来るようですが、この辺りにあるのは一般的な薬草のように思えます。どれくらいで売れるのかは申し訳ないのですが、国によっても違うようですし分かりません」
「そうだよねぇ。もしもさ、コパンが見てとても珍しい薬草があったら教えてほしいんだ。俺の鑑定では食べられるのかと、薬草だという事、そして名前しか分からないからさ」
「分かりました。では珍しい薬草、それから効能が高いと言われている薬草はお知らせするようにしますね。おまかせあれ~」
そんなやり取りをしながら俺たちは林の方に近づいて行った。今日は奥まで入っていくのはやめよう。そう思って見ていると……
「うん?」
「どうされましたか? アラタ様」
「うん。なんだか見たような記憶がある名前が……」
そう。少し先の方にポップアップされている食用可の植物の名前が気になったんだ。
俺は『サバイバル読本 これであなたも生き残る』と『自給自足生活をはじめよう』の二冊を取り出した。
確か食べられる植物のところか、珍しい植物の辺りで……
「あった!」
「わぁぁぁ!」
思わず声を上げた俺に肩の上のコパンが驚いて転がり落ちた。
「ええ⁉ だけど自生しているのは砂漠とか荒れた土地とか書いてあるけど……でも、だけど……」
「アラタ様!! 何があったのですか?」
「うん。ああ、ごめんよ。だけどちょっと……」
俺はその植物が群生している場所に近づいた。うん。確かに似ているし、名前も同じだ。そして、それをプチリともいで、口に入れる。
「ええ! く、草を食べるほどお腹がすいたのですか⁉」
驚いて少しだけグルグル目になったコパンに俺はにっこりと笑って「これを出来るだけ採っていく」と宣言した。
◆ ◆ ◆
原っぱに戻って、早々にテントを張った。そしてかまどもサクッと作って、今日解体をして料理をしやすくなっているホーンラビットの肉を出してもらう。
何も調味料がないのはつらいなと思っていたんだけど、先程見つけたそれが役に立ちそうだ。
「お肉を網の上で焼けばいいのですね」
「うん。でも本に美味しい焼き方が載っているからそれを使おう」
「分かりました」
まだ五時前なんだけど、とにかく俺はこれを確かめたくて仕方がなかったんだ。
<アイスプラント>
砂漠とか荒れた土地に自生をしている塩味がする草だ。
厚みのある小さな葉や茎や葉の表面に、細かい水滴のような粒が無数についているのが特徴的な植物だった。生のままサラダにして食べたり、食感がなくならない程度にさっと湯掻いて食べるらしい。
もっとも先程食べてみた限りではそんなにしょっぱいわけではない。ほんのりと塩味がする、程度だ。それでも塩は塩だ。
本当なら岩塩が見つかってくれたら良かったんだけど、なかなかうまくはいかないな。その前にどこかで大豆が見つかったら醤油か味噌が作れないだろうか。麹がないから難しいかな。でも何とかいけそうな気もするんだよね。
「これはこのまま食べるのですか?」
「うん。うっすらと塩味がする。せっかくの肉だから美味しく食べられるといいなって思っているよ」
「塩味。このボツボツが塩なのですか?」
「う~ん、詳しくは分からないけど砂漠のような場所でわずかに含まれている塩分この粒粒の中に溜め込んでいくみたいだね」
「…………なるほど」
せっかくの肉だから焼くのは【アイテム】任せだ。網の上に置いて『美味しいキャンプ飯』の焼肉のページを開いたらピカッと光ってちょうどよく焼いてくれる。有難い。本当にものすごく有難いよ。しかも出来上がったら皿の上に現れるのも至れり尽くせりだよね。
「いただきます」
「アラタ様?」
皿の上に載った肉に向かってそう言うとコパンが不思議そうな顔をした。
「ああ、うん。俺の世界というか国の言葉なんだけどね。命をいただくって感謝をして食べるんだ」
実は家にいて家族と一緒に食事をしていた時は口にしていたけれど、一人暮らしをしてからは「いただきます」や「ごちそうさま」という言葉は使わなくなっていた。そんな余裕もなかったし、言わなくても行儀が悪いと言われる事もなかったからね。自然にそのまま食べるようになっていた。
だけどさ、今日はやっぱり何となくそう言いたくなったんだ。
ううん。これからはきちんとそう言おう。命をいただいて生きている。そう感じていられるように。
「そうなのですね! なるほど、素敵な言葉だと思います。では私も『いただきます』!」
ホーンラビットの焼肉は柔らかいし、パサつきもなく、臭みもなかった。淡泊だけど旨味があってすごく美味しい。
「ホーンラビット、美味しいです!」
ニコニコと笑いながらコパンが言った。
「うん。このアイスプラントも不思議な食感で、ほんのりとでも塩気があるのはいいな」
「プチプチして面白いです! 茹でるとトロってしてそれも美味しいです」
「あははは、そうだね」
少しずつ暮れていく空。
わずかな草の実を口にして、デイパックの中にあった『カロリアン』をコパンと分けて食べたのがなんだかとても昔の事のように思えた。
「今日は早めに休んで、明日は朝から前に進もう。また珍しい食べ物が見つかるかもしれない」
「そうですね。でも魔法の練習も続けていきましょう。魔力切れを起こしたりしないように、効率的に魔力を使えるようになっていけたらいいですね」
「そうだね。よろしくね、コパン先生」
「! おまかせあれ~!」
俺たちはホーンラビットと残りのムカゴを茹でたものと、デザートの果物をつまんで、お腹いっぱいになってから「ごちそうさまでした」と食事を終えた。
コパンはこの言葉も気に入ったようだ。
そしてサクッと片づけをしてから久しぶりに空を見上げた。キラキラと輝く、降ってきそうな沢山の星。
さぁ、明日はどんな出会いがあるかな。
でも『お助け妖精』のコパンといれば、きっとどんな事も乗り越えられていけそうな気がするんだ。
その日、俺ははじめて女神に感謝をした。
この世界に生まれ変わらせてくれてありがとう。俺の下にコパンを寄越してくれてありがとうって。
夢の中でピロンとスマホが鳴ったような気がしたけれど目が開けられず、そのまま眠りに落ちてしまったんだ。
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