3 そしてテンプレへ
環を送りがてらアパートを出た。
実家はここから約三時間。
申し訳ないなって思ったけれど、環自身がきっと心配をして様子を見に行こうと思ってくれたんだと思う。
言葉はキツくなる時もあるけれど、家族思いの優しい子なんだよね。
「お兄ちゃん、さっきチラッとエントリーシートを見たけれど、あれじゃ駄目。もっと自分をアピールしないと。何が出来る、何をしたいと思う。こういうところが自分は力を発揮できると思うってもっともっと書いていいと思う。あれはそういうものだから」
いつの間に⁉ と思いながら、俺はそっと口を開いた。
「う……うん。でもさ、なんかそういうの苦手なんだよね。何が出来るってやってみなきゃ分からないじだろう?」
「そうだよ。出来るも出来ないもやってみなけりゃ分からないんだよ。だから言ったもん勝ちのところもあるでしょ。企業だってさ、本当にそれだけ出来るなんて思っちゃいないんだから。それだけの熱量を自分の会社に向けているってそういうのを見ているんだよ。別に嘘を並べているわけじゃなくて、そういう意気込みで頑張りたいっていう事だからさ」
「うん……」
環は高校二年生なんだけど、なんとなく昔から俺よりもしっかりしているところがあるんだ。
なんか妹にエントリーシートの書き方で駄目だし出されるってどうなんだよって思うけど、そうかなって思うところもあるから後で見直してみよう。
そんな事を考えている俺の横で、環は母さんが乗り移ったみたいにしゃべり続けた。
「お兄ちゃんはさ、ほんとは何でも出来る男なんだからね! 自分を信じてあげなかったら自分が可哀想だよ。もう少し自己肯定感を高くしなきゃ!自分は出来る、自分は出来る、自分は出来るってね!」
「そ、それってなんか、ナルシストみたいじゃないか?」
おずおずとそう言うと、キッと睨みつけるようにして環は更に言葉を続けた。
「ナルシストの何が悪いのよ。大体ナルシストは自己肯定じゃなくて自己陶酔の方が近いでしょ。百万歩譲ってナルシストだとしても、自分の事を自分が信じられないのに、他人が信じてくれるわけないじゃん。『自分を信じる』のと『自分しか信じられない』っていうのは雲泥の差があるんだからね。そこを間違えたら駄目。自分も信じられないような人が他人から信じてもらおうなんて図々しいのよ。とにかく! お兄ちゃんはね、自分を信じて、もう少し自分評価を高めていく事が必要だよ!」
「はい」
環、なんかさ、自己開発セミナーの講師とか出来そうだよ。
でもさ、そうだよな。ちゃんと考えてみるよ。俺の事を、俺が信じてやらなくて誰が信じてくれるんだって。確かにそうだ。
「環」
「なによ」
「ありがとな」
「……GWはたけのこご飯だって」
「楽しみだな」
「……うん」
途切れた会話。
駅が近い。俺のアパートから最寄りの駅までは約十八分。環はここまでほぼノンストップでしゃべり続けていたけど、それだけ心配させていたんだよなって素直に思った。
ちゃんと調整してGWは母さんたちの顔を見に行こう。もう少し自分の中でも余裕を持っていられるように。
そう決心した途端、環が再び口を開いた。
「ねぇ、話は変わるけど。お兄ちゃんさぁ、スローライフに憧れてるの?」
「え?」
「部屋にさ、異世界転移してスローライフをおくる本あったじゃん」
い、いつの間にチェックしていたんだ? エントリーシートを見ていただけじゃないのか⁉
「現実逃避なのかなぁってちょっと思ったんだけど、スローライフに憧れているなら、まずはソロキャンプくらいは出来ないとね。それにお兄ちゃん、料理も出来ないし、大体畑仕事だってやった事がないでしょう?」
「ええ⁉ 料理はまだしも、どうして畑仕事?」
俺の疑問に環が呆れたような顔をした。
「そんなの当たり前じゃん。俗世を捨ててのんびり暮らしていきたいなら、自分の生活を自分で賄えるようにならなきゃ。食事もコンビニ弁当かレンチンで済ませているようじゃ無理でしょ。それにお兄ちゃん虫も嫌いだし。スローライフなんてさ、サバイバルと紙一重なんだからね」
いや、俗世捨てないし。レンチンは有能アイテムだし。サバイバルと一緒にしてほしくないし!
でもここで何か言い返すのは、火に油を注ぐのと同じだって、付き合いの長い俺はちゃんと分っているんだ。
「わ、分かった。虫は嫌だ」
「うん。分かればいい。じゃあ、GWにね。逃げるなよ」
駅舎をバックに環が俺をロックオンしながらそう言った。
「誰が逃げるんだよ。ありがとな。助かった。母さんにもよろしくな」
「ちゃんと食べて体重戻しなさいよ。スーツに着られたらそれだけで評価下がるからね」
「おう」
そうして俺たちは軽く手を挙げてそれぞれの方向に歩き出す。
「スローライフかぁ」
漏れ落ちた声。本当に何も心配なくそんな事が出来たら天国だ。だけど現実的にはそんな事が出来る余裕はないし、出来るスキルもない。
環が言った通りに本当にそんな事がしたかったら、俺にとってはマジでサバイバルと紙一重になりそうだ。自給自足で、自分の力で暮らしていくなんて、無理。うん。絶対に無理。コンビニやスーパーが近くにないところなんて無理。
「あ~、ほんとに魔法でも使えなかったら俺には無理だな」
ポツリとそうつぶやいた途端、視界に某古書を取り使っている大手のリサイクルチェーン店が目に入った。
◆ ◆ ◆
「…………こんなの買ってる場合じゃないんだけさ……」
でももしかしたら何かの話のタネというか、知識の一つにはなるかもしれないし。
GW前の特価という事もあってついつい手にしてしまったのは
『初めてのキャンプ。ソロもファミリーもこれでおまかせ!』
『サバイバル読本 これであなたも生き残る』
『自給自足をはじめよう』
『美味しいキャンプ飯』
「まぁ、買い逃していたスローライフのライトノベルの続きも買えたしな」
もちろん本気でスローライフなど出来る気はしないが、こんなものなのかと見るくらいの余裕がある生活はしたい。そんな事を考えつつアパートに向かって歩調を速めた瞬間。
耳障りな急ブレーキの音に、「きゃぁぁぁぁぁ!!」という悲鳴が続き、俺の意識はフツリと途切れた。
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