28 パン作り
持ち帰った石と一番大きな鍋に入れた麦の実を並べ、『自給自足生活をはじめよう』の中の、石うすで挽くイラストが載っていたページを開いて「小麦の製粉」って声に出してみた。
今までのページと比べると細かい説明はほとんどないし、石うすの形状というか、どういう仕組み出来ているものなのかも載ってはいない。まさに一か八かという感じだ。
どうかうまくいってくれ!! そう願った瞬間、本がピカって光って、目の前には見慣れた真っ白な小麦粉ではなく、薄茶色の小麦粉が出来ていた。いわゆる全粒粉というものらしい。
「出来た……?」
鑑定をかけると確かに[小麦粉]と出て、その後ろに(全粒粉)と見えた。
「成功だ……。小麦粉だ、小麦粉が出来たよ、コパン!」
そう、これだって立派にパンになる筈だ。ううん。それ以外の使い方だってきっとあるだろう。そしてうまくいけば俺が見た事がある真っ白の小麦粉だってそのうち出来るかもしれない。
「おめでとうございます! えっと、それでこれはどうやって食べるのですか?」
粉になるとは思わなかったらしいコパンは不思議そうな顔で尋ねてきた。うん。生の小麦粉を食べたらお腹をこわしちゃうからね。
俺は全粒粉になったそれを三つに分けて一つ分を鍋に残し、残りの二つ分をコパンの収納にしまってもらった。本当は収納するのに何か袋のようなものがあったら良かったんだけど、さすがにそんなものはないからね。粉をそのまましまってどうやって出てくるのか、ちょっと注意が必要かもしれないけれど、きっとコパンなら鍋の中に出すとか、細かくやってくれるだろう。
そんな風に考えた事が伝わったようで、コパンは「おまかせあれ~」と照れたように言った。
◆ ◆ ◆
「というわけで、パンを作るよ」
「パン、ですね」
「コパンはパンを食べた事がある?」
俺がそう尋ねると、コパンは小さく首を横に振った。
「いいえ、私は女神様に呼び起されてそのままアラタ様のところにきたので、何かを食べた記憶はないのです。でもこの世界にパンという食べものがあるという事は知識として知っています」
「そうなんだ。俺はパンは食べた事はあるけれど、作るのは初めてだよ。だけど、ちょうどいいページがあったからうまくいきそうだって思っているよ」
そう言って俺が開いたのは先程見つけた天然酵母によるパン生地作成のページだ。まずは果物から天然酵母を作る。そして、うまくいったら今度は、『美味しいキャンプ飯』に載っていた「フライパンでのパン作りだ」
パン窯を作るというページもあったけれど、そうなるともっと沢山の石が必要になるらしいからね。まぁうまくいきそうだったら後日挑戦をしてみよう。
天然酵母作りに選んだのはリンゴ。そして「パン生地作製」と言って材料の前で本を開く。
光る本。酵母が発酵する時間も、パン生地を寝かせる事もせずに出来上がったそれの前で、今度は次の本を開いて「パンを焼く」と口にする。
「で、でき、出来た!」
目の前に出来上がったのは、俺の良く知っているパンとは違う、どこか膨らみ過ぎたホットケーキみたいなものだったけれど、香ばしいその香りは確かにパンで、なぜだか涙があふれてきた。
「あ、アラタ様⁉」
コパンがびっくりしような声をあげて、目の前に飛んできた。
「どうされましたか? どこか痛むのですか? もしかして失敗してしまったのでしょうか? 妄想だとしても大丈夫ですよ。また『パンの実』に行って、小麦というのを取ってきましょう!」
慌てているコパンに俺は小さく首を横に振った。
「ちが……嬉しくて、有難くて、よかったって安心して……。本当ならもっともっと大変な思いをしなきゃ出来ないものなんだけど、作れてよかった。さぁ、一緒に食べよう。そうだな。アボガドとバナナのジュースをお願いしてもいいかな」
「! おまかせあれ~~~~!!」
その日、俺たちは随分早めの夕食をとった。初めて作ったパンは今まで食べていたパンよりも素朴で、ほのかに甘味があって、とても美味しかった。
もちろん、コパンが作ってくれたアボガドとバナナのスムージーもどきもね。
「パン、美味しかったです! 残りのパンは収納したので、明日また食べましょう!」
お腹の辺りがぷくりと膨れている小さな妖精は、何度見ても可愛い。それにしても俺と同じくらい食べているような気がするけど、あの身体のどこに入っているのかな。まぁ、妖精だしね。気にしたらいけない。沢山食べられるのはいい事だ。
「うん。明日も何かいいものが見つかるといいな」
見上げた空には数えきれないほどの星が瞬いている。信じられないけれど、まだこの世界に来て四日目だ。
最初の日に「帰してくれ」とこの小さな妖精の前で恥も外聞もなく泣いてしまったのが、ずいぶん前の事のように思えた。
コパンがいてくれて、この【アイテム】という魔法があって良かった。
この世界で頑張って生きていこう。パンを食べて決意をするというのもなんだけど、それもまた俺らしいなと思いつつ、俺はテントを広げて、早めにシュラフにもぐりこんだ。
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