118 遭遇②
進んでいくと当たり前だけど、音はどんどん大きくなっていく。
それと同じくらい俺の心臓もどんどん早くなっていく。
「ああ、確かにちょっと苦労しそうな魔物ですね。でもどこから出てきたのかな。こんな魔力量の大きな魔物の気配はなかったのに」
慎重に隠れながらコパンがそう言った。
「え? 見えたの?」
「ええ、こちらからなら見えます。でも鼻のいい奴なのでこれ以上近づくのはお勧めしません。黒い悪魔と呼ばれているヘルハウンドと双頭のオルトロスです」
初めて聞く名前だった。やっぱり出口が近くなるとそれなりに強い魔物が出てくるっていうのは本当の事なんだな。
「うわぁぁぁぁぁ」
大きな叫び声が聞こえてきて俺は思わず身体を震わせた。
「ヘルハウンドは唸りで恐怖の呪いを与えます。でもアラタ様と私は大丈夫ですから安心してくださいね」
なんで大丈夫なのかは聞かないでおこう。
「何人の人がいるのかな、 怪我をしている人は?」
「そうですね……五人ほどでしょうか。あ、六人です。軽い怪我はありますが、生命にかかわるものではないようです。ちゃんと治癒士がいるパーティーみたいです」
「そう……じゃあやっぱり介入をしないでおこう。女神がどう準備をしているか分からないから」
チラリと視界に入ったのは恐らくは冒険者なのだろう体格の良い男性と、長身の女性。後は、獣人? 他は分からなかったが、彼らのような人間がいる世界なのだと思った。
「気づかれる前に行こう」
「そうですね」
不思議な事にここに来てからずっと真っ直ぐに伸びていた道はいつの間にか消えていた。目の前には森が広がっているだけだ。そして、後ろに戻るための道は…………
「どういう事なんだ?」
「分かりませんが……とりあえずここから離れましょう。森の中でしたら他の魔物がやってくる可能性があります」
そうなんだ。前に進む道もなくなっていたけれど、戻る道もなくなっていて、俺たちは森の中にいた。
森の中にいる時は女神の気を感じて魔物ホイホイのような状態になる事は分かっているので厄介な者達が現れる前に逃げてしまうに限る。
「そうだね」
前にも後ろにも道が無くなったっていう事は、多分外へ出る準備が整ったっていう事なのかもしれない。
でもせめてどういう計画なのか知らせてほしかったよ! これどうすればいいんだ? 女神は俺達をどうやって外に出してくれるつもりなんだ?
「アラタ様、前方から魔物が来ます」
「ああ、もう!」
女神は一体何を考えているんだろう。
【鑑定】が走ってくるそれを『オルトロス』と伝えてきた。先程の冒険者達が
戦っていた魔物の一つだ。
さっきははっきり見えなかったけど、本当に二つの頭を持っている。コパンが言っていた恐怖の呪いとやらを与えるヘルハウンドよりも強いらしい。
「でも五匹ならグレーウルフの群れよりは面倒くさくないかもね」
「そうですね!」
笑いながら返事をしてコパンはパッと元の姿に戻った。この方が飛び回れるので人型よりも動きやすいらしい。
涎を垂らしながらとびかかってくる双頭の犬の魔物をコパンは容赦なく風の魔法で巻き上げた。
地上に残った二匹は方向を少し変えて俺の方に向かってくる。
「じゃあ、俺は水攻めで」
言葉と一緒に俺は駆けてくる二匹の足元に大きな穴をあけた。そして這い上がってくる前にそこに大量の水を流し込み、そのまま前世の洗濯機のように風魔法でグルグルと回転をさせた。
やがて水面に二匹のオルトロスが浮かび上がってきた。
「残酷だけど、やらないとやられる世界だからなぁ」
ポツリと呟いて俺はオルトロスを回収した。森の中にいる以上次の魔物がやってくる可能性は高い。
「コパン、そっちはどう?」
「もうすぐ終わります。とりあえず道を探しましょう。森を出るにしても私たちの道はある筈です。道が消える筈がないです。駄目なら一度拠点に戻りましょう。今更数日遅れてもどうという事はありませんから」
「ああ、そうだよね」
うん。さすがコパンだ。
オルトロスをそれぞれに収納して、俺たちは森の中を歩いた。だがやはり道はない。それほど前に走ったわけではない。人の声が聞こえてくるくらいの距離だ。そこに行くまでは確かに道を走っていた筈なのに。
「あれ? また声が……」
おかしいな。俺たちは冒険者達から離れるように森の中に入ったんだ。それなのにどうして声が聞こえてくるんだ? もしかして彼らがこちらに近づいているのか? オルトロスたちの声が聞かれたのかな? それとも戦っている魔力を感じたんだろうか。
でも基本的に女神は俺達に干渉はしてこない。あのオークの時だって想定外であってもその場の介入はなかった。
それでも一度だけ呼ばれた女神の世界では外に出る方法を考えると言っていた。
「こっちだ! 確かに魔法の形跡がある!」
近づいてくる人の気配。
彼らは敵なのか、味方なのか、このまま森の中で姿を見せてもいいんだろうか。
「………………コパン、拠点に戻ろう」
何も判断材料がないまま、この森にいる事が分かってしまうリスクの方が大きい気がして俺は人型に戻ったコパンに声をかけた。
「子供だ!」
「本当にお告げの通りだ!」
お告げ?
聞こえてきた言葉が恐ろしいと思った。このまま捕らえられたらどんな目に遭わされるのか分からない。ゾクリと身体が震える。
「コパン!」
「アラタ様!」
走りながら俺達はお互いの手を掴んだその瞬間。
「待って! 危害を与えるつもりはないの! 私たちは貴方たちの味方よ。主神ヴィエンジュ様から私が神託を受けました!」
なんだって……?
「貴方達が、イルクレール王国の傍系、サリヴァン様に所縁があると知っています」
…………は? 誰?
呆然としてコパンを見ると、コパンも眉を八の字にして、久しぶりに目をグルグルさせていた。
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