114 主神ヴィエンジュ
昨日はなんだか疲れてしまって夕方になる前に戻ってきちゃったから、今日は少し早めに拠点を出てサクサク歩こう。そう思って目を覚ました。
うん? 目を覚ましたはずなんだけど……
「え? ど…………どこ?」
知らない所というよりも、空間? だって何もないんだ。やんわりと光っているような不思議な場所に俺はいた。
「俺、テントで寝た……よな。そ、そうだ、コパン! コパン!」
うわずる声で名前を呼んだ。だってコパンは俺の『お助け妖精』だから。ずっと一緒にいるって言ったから。だから居ないわけがない。だけどコパンからの応えがない。
もしかして起きたと思う夢を見ているのかな。どうやったら起きれるんだろう。
嫌だこんな夢。
なんだか死んじゃったみたいじゃないか。それとも俺、ほんとに死んじゃったのかな。というか、今までの事は全部夢だったのかな?
だって、死んで違う世界で生き返って、まるでラノベの登場人物みたいにスキルとかもらって魔法を使うなんて現実ではありえない。
だけど『お助け妖精』とか、アイテムとか夢とは思えないくらいしっかりしているような? でも、でも………
「アラタ様ー!」
「! コパン!」
不安になっていたところにいつも通りの声が聞こえて、俺はものすごい勢いで名前を呼んでしまった。そんな俺にびっくししたような顔をして、コパンがフヨフヨと近づいてくる。
「アラタ様、すみません。知らない場所で驚かれたのですね。えっと、女神様に招かれたのです。お話したいって言っていましたよね?」
「あ、うん。そうなんだけど……」
まさか話をしてその日? 翌日? にいきなり呼ばれるなんて思ってもみなかったよ。
「それで、えっと、招かれたのは分かったけど、ここはどこなのかな。神殿とか?」
「ここは女神様がいらっしゃる『世界の中心』です。女神様から許された者しか入る事が出来ません。アラタ様のような『転生者』の魂はここにきて、世界の中に下ろされるんですよ。ああ、いらっしゃったみたいです」
そう言うとコパンは近づいてくる光に向かって跪いた。それを見て、俺も同じようにその場で膝をつく。
「早急のお招きありがとうございます」
コパンがそう言うと光はゆっくりと人型をとり、やがてこれぞ女神というような金髪の美しい女性の姿になった。
「急に呼び寄せて驚かせてしまったようですね。私はこの世界の主神ヴィエンジュ。谷河内新さん、『不幸な事故』の事は申し訳ございませんでした。今回は森の外の事を聞きたいとか」
「はい。でも出来るならその他の事もお聞きしたいと思います」
「今は話せる事と話せない事があります。話せないのはそれが確かな情報ではないからです。未確定の事を仮定で伝えられません。それは許してくださいね」
「分かりました」
俺は頷いてから言葉を続けた。
「まずはこの世界に連れてきてくださった事、そしてコパンを傍においてくださった事を感謝します。アイテムも色々とありがとうございました。でも俺はやっぱり元の世界で何があって俺が死んでしまったのかが知りたい。そして出来れば、俺の家族がどうしているのかも知りたいです」
「………………それは、当然の事ですね。私達が『不幸な事故』と呼んでいるものは『神ではなくなった咎人』が関わっています。その者が無理矢理空間を開いたために起きた事故でした。貴方がいた所では道に大きな穴が開きました。それに巻き込まれて命を落とした者達はすぐにその世界の神とそれを追っていた神、そして被害者を引き受けた私によってこちらへ移され、申し訳ないのですがあちらの存在を消しました。あってはならない事故だったからです」
「……え……? じゃあ、俺って」
「あちらの世界には存在をしなかった事になっています。ご家族の方も貴方を覚えておられないでしょう」
「……そう…………ですか……」
「先程申し上げた通り、事故に関してはこれ以上の事はお話し出来ません」
主神ヴィエンジュは静かにそう告げた。何もない空間に沈黙が落ちて、俺の隣でコパンが心配そうな顔をしていた。
そうだよね。だって俺は外の世界の事を知りたいって言っていたのに、いきなりこんな話をしたらコパンだってびっくりするし困るよね。でもさ、やっぱり話が聞けるって思ったら一番はじめに言葉が出てきちゃったんだよ。まさか存在を消されているなんて思ってはいなかったけど。
「……家族が……特に俺を訪ねてきた妹が、俺が死んだ事で傷ついていないといいなと思っていたから、消えてしまったのは……もう、仕方ないって諦めるしか……ないですよね…………そうか、俺の事はもう誰も知らないんだな……」
『お兄ちゃんはさ、ほんとは何でも出来る男なんだからね! 自分を信じてあげなかったら自分が可哀想だよ。お父さんだってお母さんだって、ちゃんと分かっている。もう少し自己肯定感を高くしなきゃ!自分は出来る、自分は出来る、自分は出来るってね!』
不意にあの日の環の言葉が甦る。傷つかなくて良かった。万が一にでも自分が来なかったらなんていう思いをさせないで良かった。でも……だけど……
「アラタ様!」
コパンが俺の名前を呼んでしがみついてきて、俺は自分が泣いていた事に気が付いた。
「ああ、全然違う話をしちゃってごめんね。大丈夫だよ。でもあの世界のどこにも自分が存在しなかった事になっているなんて思わなかったから…………さすがにびっくりしちゃったけど……」
父さんも、母さんも、環も、そして可愛がってくれた爺ちゃんと婆ちゃん、少なかったけれど友人達の中に俺は存在していない。それがこんなショックだなんて思わなかった。
俺だってこの世界にきて毎日家族を思っていたわけじゃない。でも俺の中からその存在が消えてしまったわけではない。最初の頃のように帰してくれって思わなくなっていたけれど、この世界で生きようって思ったけれど、皆が悲しむ事がなくて良かったなんてすぐに納得も出来なくて……
そんなぐちゃぐちゃの気持ちは大事な事と認定されたみたいでコパンには全部伝わっていた。
「……悲しくて当然です。泣いてもいいんですよ。大丈夫です。今日これ以上お話し出来ないなら私からもう一度お話し出来るように女神様にお願いしますから」
そう言うコパンの目にもうっすらと涙が浮かんでいて、胸の中が温かくなるような気がした。
「ありがとう。死んで、転生して、元の世界には帰れないっていうのは分かっていたからね。コパンと一緒にこの世界を楽しもうって、幸せになろうって思っているよ。これからもよろしくね」
「はい。楽しい事を沢山しましょう。そして幸せになりましょうね!」
落ち込んでいたはずなのに、なんだかプロポーズみたいなコパンの言葉に俺は思わずクスリと笑ってしまった。ああ、本当にコパンが俺の『お助け妖精』で良かったな。可愛くて、食いしん坊で、優しくて、頼もしい、最高の相棒だ。
そんな俺たちのやり取りとじっと見ていた女神は静かに「また後日にいたしましょうか」と口を開いた。
「……いえ、大丈夫です。事故の詳しい事はもう聞きません。でも森を出て、この世界を見たいという気持ちは変わりません。この世界がどんなところで、どうやって生きていくかを自分で考えます。いただいた力をどう使っていけばいいのかもちゃんと考えます。でもそうするために、どうして『転生者』だと分からないようにした方がいいのか教えてください。俺は『転生者』だと色々な力を持っていると思われて面倒ごとに巻き込まれるからばれない方がいいのだろうと思っていました。でも昨日、風の精霊から聞いた話は俺の予想とは違うように感じました。どうして『転生者』だと分からないようにした方がいいんでしょう。そして、どうして『勇者』は嫌われているのでしょう」
俺の問いに女神は少しだけ困ったような表情を浮かべた。
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長くなったのでいったん切ります。
初めてのネトコン挑戦は一次通過できませんでしたが、お話は続けていきます。
これからもよろしくね。




