13 送別
昨日、フィスさんには今日からアチリス磁器を焼くと伝えたものの、今日最も重要なことはアネモス兄さんの出発を見送ることです。アチリス男爵領は北の辺境にあり、カラティス城へはアキスオポリス川沿いに水路を進むか、チチェル山を越える陸路を行くかのいずれかです。冬になると川は氷結し、チチェル山も大雪で商道を閉鎖しました。馬に乗っての移動は可能ですが、馬車や貨物船は動けなくなります。既に10月中旬ですので、アネモス兄さんもそろそろ出発の時期です。
昨日は夜9時過ぎまで寝ていたため、昨晩はなかなか寝付けず、今朝は城の使用人に叩き起こされました。眠い目をこすりながら朝食を済ませると、母親に呼ばれ、アネモス兄さんの荷造りを手伝うことになりました。
中庭に向かうと、昨晩雪が降ったようでした。気温はまだ氷点下ではないものの、地面は湿って水たまりができていました。アネモス兄さんの一年分の衣類はすでにすべて梱包されており、私は馬車のそばで荷物を運ぶ役目を割り当てられました。今回、アネモス兄さんは船で帝都へ向かうため、港で荷物を小船に積み替える必要があります。帝都で勉強する貴族の跡継ぎも大変です。これほど多くの衣服を持って行かねばならず、私は自分の衣服を覚えるだけで精一杯だろう。
アネモス兄さんは領主の執務室で両親と最後の話をしています。まもなく遠方へ行くので、親としても話が尽きないことでしょう。
馬車はすでに満載で、港へ向けて出発の準備が整っています。私は急いで自分の部屋に戻り、アネモス兄さんに贈るアチリス磁器の食器と茶具を持ってきました。丈夫な木箱に稲わらを詰め、その中に各一式の食器と茶器を入れました。外側は赤い紙で包み、ファビオラに絵を描いてもらいました。部屋から下へ降りると、リサンドス様とチャリトン様に会い、一緒に港へ向かいました。
港では荷物を馬車から小船に移す手伝いをしました。この小船は8グほどの長さで、馬は積めないようです。アネモス兄さんの馬は商会が陸路で運ぶと聞きました。
ちなみに、グはこの世界の長さの単位で、1グは前世の1メートルに相当します。1000グで1リグになります。アチリス城からカラティス城までは約150リグ、カラティス城から帝都キラニまでは約3000リグあります。アネモス兄さんがキラニへ行く場合、水路と陸路の両方で約30日かかり、帝都で少し休憩してから新年の学期が始まるのでしょう。
帰路は逆流のため水路では50日以上かかり、陸路の馬の方が速いです。
現在は秋の収穫期で、領地の農民たちが大麦、小麦、燻製肉、毛皮などを税として城へ運び込み、城は余剰物資を商会に売ります。港には商会の船がいくつ停泊し、雇われた労働者が麻袋を船に運び込んでいます。今年は豊作ですが、穀物の価格も下がっておらず、良い時期に恵まれました。
「クリューセース、ここにいたんだ。さっき城で探していたんだ。」私は船に大きな布包みを運び込んでいると、アネモス兄さんの声が聞こえました。振り返ると、アネモス兄さんが馬に乗って港へ向かっていました。彼の隣には父親と母親、エレニが母親の隣でイリアスを連れて馬に乗っています。後ろには正装したマルコとパロマが続いています。少しして、キノン様とフィスさんも到着しました。
アネモス兄さんは白いシャツと青いタイトパンツ、青い礼服を着て、肩章と房飾りをつけ、青いマントを羽織っています。左胸には銅製のバッジをつけており、その上には領地の紋章があります。彼は私が贈った剣も佩いていますが、船に乗った後すぐに普段着に着替えるでしょう。この服装は不便だからです。
「アネモス兄さん、これはアチリス磁器の食器と茶具です。帝都でのご成功を祈っています。ちなみに、壊れないようにしっかり包装しましたので、帝都に着いてから開けてください。」アネモス兄さんが馬から降りた後、私は彼に贈り物を手渡しました。
「ありがとう、感謝して使わせてもらう。クリューセース、君はずっと領主の跡継ぎとしての競争を避けてきたが、領主の息子としてアチリス男爵領を守る義務がある。この間、領地は君に任せた。」アネモス兄さんは私の目を見て言いました。
「領主になるのは面倒だから避けていただけです。私は残業しない人生を選びたいです。この5年の間、領地をしっかり見守り、5年後にアネモス兄さんに返します。」私はそう説明しました。
「いずれにせよ、頑張れ。君の行動がアチリス男爵領の名誉にふさわしいものであることを忘れないように。」アネモス兄さんはそう言いました。あ彼はどこでも素晴らしいのに、こういう時だけは堅苦しくて息が詰まりそうです。
「はい、アネモス兄さん。そうだ、帝都でもアチリス磁器の食器と茶具を使って帝都の貴族をもてなして、アチリス領の特産品を宣伝して貰いませんか。」私は付け加えました。
「うん、そうする。君も、この5年の間、領地で何かあれば父親や母親、リサンドスやチャリトンと相談し、大きなことは独断で決めないように気をつけて。」アネモス兄さんはうなずきました。
基本的に秋から新年の約3ヶ月間は学院の休暇ですが、カラティス伯爵領は帝都から遠いため、往復に3ヶ月近くかかります。そのため、こちらの貴族の跡継ぎは休暇中に家に帰ることはほとんどありません。
「アチリス磁器の事業がうまくいけば、この数年で何度か帝都に行くことがあるかもしれない。他の時には手紙を送ることもできる。」と私は言いました。
アネモス兄さんはうなずきました。その後、リサンドス様とチャリトン様も別れの挨拶をしました。最後にアネモス兄さんは私たち一人一人と抱きしめて、船に乗り込みました。マルコも後に続きました。最終的に帝都へ行く従者の争いはマルコが勝ったのですね。
午前の鐘が鳴り響き、アネモス兄さんの出発の時が来ました。船員たちも船に飛び乗り、板を引き戻し、竿で一突きして船は離岸しました。
私たちはみな岸で手を振り、アネモス兄さんとマルコも船尾で手を振っていました。船が曲がって見えなくなるまで、私たちはずっと手を振り続けました。
「クリューセース、まだアチリス磁器の焼き具合はどうだい?」と父親が尋ねました。
「順調です。キノン様には生産が早すぎると言われるほどです。」私は言いました。キノン様はそばでうなずいています。
「うん、いいぞ。利益が出れば、領地の生活も少し楽になるだろう。」と父親は言いました。
「来年には利益が出ると思います。父上がどれくらいの税を取るかによりますが、多く取れるなら多く取ってもいいと思います。ただし、税が取りすぎると、ニキタス商会が利益を得らませんので、ご注意ください。」私は父親の耳元でささやきました。
「うん、来年になればその話をしよう。アネモスがいない間、今回のカラティス城の領主会議にはお前も一緒に来い。お前も久しぶりにカラティス城に行くのだから。」と父親は言いました。
「わかりました。」以前は父親やアネモス兄に頼んで、カラティス城に行く際に私を連れて行ってもらっていましたが、最近は行っていませんでした。最後に行ったのは今年の夏だったでしょうか?
「それと、秋の訓練。今年で12歳になったのだから、秋の訓練にも参加する時期だ。ヤグルマギク商会のことが忙しいだろうが、忙しさが落ち着いたら参加しろう。」と父親は言いました。
城に戻り、父親と母親に別れを告げた後、エレニを連れて陶器工場へ向かいました。パナギ師匠はすでにハルトと一緒に合成陶土を作り始めており、雇われた労働者たちは馬車から薪を下ろし、石膏型のチェックをしていました。ソミオスさんは作業日誌を記録しており、ヤグルマギク商会の運営は順調なようです。
私は皆に、大雪が降る前にもう一度だけ窯を焚くこと、そしてその間の給与は減らないことを伝えました。この間、ヤグルマギク商会の幹部の給料は月に銀リネ2個、労働者は1個で、アチリス領ではかなりの高給です。今年の秋の給料もすでに前払いしていますが、陶器を売り切った後にボーナスを出すことも考えています。
しかし、振り返ってみると、ヤグルマギク商会の幹部たちは基本的に商会の給料に頼って生活していません。名ばかりの責任者であるチャリトン様は領地の侍従長で、エレニとソミオスさんも貴族家庭から出身でまだ学生、フィスさんはニキタス商会の幹部で、そちらから給料や生活費を得ています。アルトロとファビオラは鍛冶工房の徒弟であり、全職従業員と言えるのはドリアン師匠、パナギ師匠とハルトだけです。
「クリューセース様、私は新年以降はカラティス市の学院に通わなければなりません。キノン様は、私をヤグルマギク商会の支店長としてニキタス商会本部と直接接触させると言っています。後に君がカラティス城に通うようになれば、この支店長の役割を引き継ぐこともできます。」とソミオスさんは私に伝えました。
「ソミオスさんがまだ学院にいるのを忘れていました。学院の勉強も大変だろうに、商会の仕事も手伝ってもらって。」と私は言いました。
「いいえ、むしろ学院での学習も将来の仕事のためです。既に仕事をもらえるだから、学院ではどうでもいいだと思います。」とソミオスさんは言いました。
「今年の冬から陶器工場を改造と拡張したいと思っています。現状の作業量は予想より少ないものの、工場はまだまだ後れています。まず作業場を広げる必要があります。いくつかの建物を増築し、現在の狭い状況を改善しなければなりません。宿舎もないため、夜に城に戻るのは不便です。」と私はエレニとソミオスさんに言いました。
「そうだね、宿舎があればここで泊まれるのに!」とエレニは興奮して言いました。
「原料や薪を保管する倉庫も拡張する必要があります。現在の小屋では薪を十分に保管できず、原料も毎回城の倉庫から取り寄せるのは難しいです。TPSはいいものですが、この世界では物流が発達していないため、倉庫に多くの原料を保管しておく方が安心です。」
「最後のことは分かりませんか、冬には建築を建てることはできません。土地が凍りついて掘れないので、来年の春まで待たねばなりません。」とソミオスさんは言いました。
「そうだ、近くの谷は鍛冶工房の設備を設置するのに適していると思うので、来春以降、徐々に鍛冶工房も移転させたいです。現在の城内の鍛冶工房は、将来的にはヤグルマギク商会の本社に改装するつもりです。」と私は言いました。近くの谷は適度な広さで、山上に人も少ない。そして、近くにはすでに廃棄された灌漑用のダムもあり、水力発電所に改築するのに適しています。鍛冶工房と陶器工場を一緒に移転させることで、両方の電源を共有できるようにしたいです。
「それでは今年の冬は何をするのですか?」とエレニが尋ねました。
「、まず鍛冶工房と陶器工場で使う設備を完成させたいと思っています。陶器に模様を描くのは疲れるので、新しい技術を開発したいとも考えています。そうだ、エレニ、前回ワーグ討伐時の板金鎧について、この冬には試作をしてみたいとも思っています。」と私は言いました。
「うん、いいね!君と一緒にいると、いつも面白いことが起こるってわかっていたよ!」とエレニは嬉しそうに言いました。




