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予言姫は最後に微笑む

今宵は私のデビュタント。私は、ラズロ伯爵家の長女・リリア、16歳。今日の為に用意された白いドレスはふんわりと軽く、私の気持ちのようだ。


 玄関ホールには、両親と幼い弟のクリスが待っていた。口々に私の装いを褒めてくれる。

「幼い頃、あなたは色々予言して家を救ってくれたわね…」

 お母様が、昔に思いを馳せる。

「姉様、そんなことができるの?」

「ラズロ伯爵家には、不思議な力を持つ人が生まれると言われているの。クリスも、もっと小さな頃は『庭で妖精を見た』って言ってたのよ」

「おぼえてない…」

「ふふっ私もよ。どんな予言だか忘れちゃった」

 本当に忘れてしまいたい。『ラズロの予言姫』なんて言われていた痛い記憶と共に。

 

 両親と馬車で会場に向かう。今宵は、とてもとても長い間待ち望んだデビュタント。そう、三十年以上も…。


 母たちは、私に現れた能力は「予言」だと思っているが、本当は違う。

 本当の力は「死に戻り」。私は15歳で一度殺されたのだ。



 

 一度目の人生では、私が6歳の時に馬車が山道の崖崩れに巻き込まれて、母が亡くなった。

 二度目では、幼い私は馬車が進まぬよう「山が崩れる」と大騒ぎして泣きわめき、地元の人が「そう言えば最近落石が多いという話だ」と言い出して進むのを止めた時、山で崖崩れが起こった。


 一度目の人生では、私が7歳の時に父が「オースティン大佐」を名乗る男の詐欺に投資して資産をかなり失った。

 二度目では、「オースティン大佐は怖い人」と騒ぎ出し、「なぜリリアがオースティンの名前を…?」と父が不信感を持ち投資話を断り、後に大規模な詐欺事件だと発覚した。この頃から、『ラズロの予言姫』と密かに呼ばれる。


 一度目の人生では、私が8歳の時に金策に困った父が裕福なジャックス男爵家の出戻り娘と再婚。新しくできた義母と義妹は、分かりやすいほどにお家乗っ取りを企んでいて、虐げられる日々が始まる。

 二度目では、母が亡くなっていないので再婚は無し。弟クリスが生まれる。でも、他の家が乗っ取られないように「ジャックス男爵は悪い人」と騒いでおく。優しい父は「子供の戯言(ざれごと)だが」と友人たちに気を付けるように教えたため、あっという間に社交界に噂が広まり、元々評判の悪かったジャックス男爵家の事業が立ちいかなくなり、破産した。



 

 デビュタントは無事に進み、国王陛下への挨拶を終え、父と初めてのダンスが終わると、近づいて来る男性がいた。

「リリア嬢。踊っていただけますか?」

「ひっ、よ、喜んで。第三王子様」

「ぜひアドルフと呼んでくれ」

「それは遠慮いたします」

 塩対応に父がハラハラしている。

 二度目の人生で上手く行かなかったのはこの男への対応だ。



 一度目の人生では、私は15歳の時に違法薬物の密輸でこの男に捕らえられた。義妹の密告のせいだ。

 多分、ジャックス男爵家が私の名前を使って密輸していたのだろう、証拠は完璧だった。だが、私はあまりにも世間知らずで、「違法薬物って、風邪薬の強いやつ?」レベル。逆に、完璧すぎる証拠が黒幕の存在を疑わせた。

 改めて第三王子在席で取り調べすることになり、焦ったジャックス男爵の手の者が取調室の水差しに毒を仕込み、私は死んだ。第三王子の目の前で。


 第三王子が悪いわけでは無い、と分かってはいても、どうしてもいい感情は持てない。はっきり言って二度と関わりたくない。

 うっかりお茶会で出会ってつっけんどんな塩対応をしたのが、逆に第三王子の興味を引く事になるとは思わなかった…。



 第三王子に手を取られ、しぶしぶとダンスの輪に入る。デビュタントの必需品・白い長手袋ってこういう嫌な相手に手を触れないでいいからだろうか、とか考えてしまう。

「もしかして、ジョセフィンの噂を聞いたのかな? それともアンヌ? どちらも父親と鉄道事業のための話し合いをしただけだよ」

「ソーデスカ」

「どうせ彼女たちは王宮の華やかな生活を夢見てるだけだし」

「あのですね、『自分の価値は王子という事だけ』って思わないでくれます? 鉄道事業のために海千山千の貴族たちを一つに纏めるって、国王陛下にもできなかったことをやり遂げたんでしょう?」

 第三王子が目を見開いた。

「そう思ってくれるのかい?」

「いいえ、アンナさん?たちがそう思っているだろうって事です」

 ダンスが終わるとさっさと父たちの元に帰った。


 両親に迎えられ、一息つこうと給仕からシャンパンを受け取るが、取調室の水の香りがすることに気付く。

「お父様、これ、毒です!」

 逃げようとする給仕を父が捕まえる。母がグラスの匂いを嗅いで、

「確かに薬品の匂いがするわ」

と言うから、父は鬼の形相だ。

「違う! 毒じゃなくて塩だ! 高慢ちきな令嬢をからかおうって!」

 給仕の弁解に、何事かと人が集まってくる。


 私は必死に記憶をたどった。

 父に聞いた話では、ジャックス男爵家は債権者に全財産を差し押さえられ、足りない分は鉱山で働かされる事になったはず。鉱山に居て私を狙うのは無理だ。…いや、「幼い女の子だけは、親戚に引き取られた」と言ってた。「幼い女の子」って…。

 人垣の後ろから覗く、メイド服を着た義妹を見つけた。

「あのメイドが犯人です!」

 咄嗟の事に戸惑う人々の間をすり抜けて、脱兎のごとく義妹が逃げる。

 そこに

「その女を捕えろ!」

と、第三王子の声が響いた。


 我に返った男性たちが義妹を押さえつけ、警護の騎士に引き渡される。屈強な騎士に引きずられるように私の前に連れて来られる義妹はとても弱々しく見え、すすり泣く姿に周りの人が同情している。

 そういうあざとさは一度目の人生と同じなのね…。

 どう見ても私が悪役みたいなのに、第三王子が私をかばうように横に立つ。せっかくなので、王子の威を借りて偉そうに断罪させてもらおう。


「あなた、ジャックス男爵の孫ね」

 私の言葉に、周りの空気が同情から一気に凍りつく。この会場に、ジャックス男爵に煮湯(にえゆ)を飲まされた人やその身内は多いのだ。

 義妹も周りの目が厳しくなった事に気付いたようだ。

「あなたにとっては優しい祖父でも、他の人には悪辣非道な商売人だったのよ。そもそも、まともな人なら孫に『敵には毒を飲ませろ』なんて教えたりしないわ」

「な…なぜそれを…」

「私は『ラズロの予言姫』だからよ」

 脳内では「いやぁぁぁ恥ずかしい〜!」とジタバタしているのを表に出さず、恥ぢゅかちい二つ名を堂々と言うと、義妹の目は光を失い、大人しく騎士に連れられて行った。


 長い長い長い間背負っていたものを、やっと降ろせた気がした。




 数日後、第三王子から正式な求婚が届き、今日は顔合わせだ。面倒な打ち合わせは父たちに任せて、私は王子と二人でお茶してる。

「私、もう予言姫の力を失ったのですが、いいのですか?」

 私は、先日の事件で予言の力を使い切った……という事にした。実際、もう何も予言できないし。

 王子は事も無げに

「私が好きになったのは予言姫では無いからな」

と言う。

「気が合いますね。私も、予言姫で無くなったらあなたに好意を感じたんです」

 ティーカップを持ったまま王子が固まった。



 義妹が犯人だと言った時に

「その女を捕えろ!」 

と、王子がすぐに私を信じてくれて。あの時、長年のわだかまりがすっと溶けたのを感じたんです。なんて、本人には言えませんが。


 でも、いつか聞いてください。ねぇ、アドルフ。


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