第二十四話 公爵家令嬢の驚愕【後編】
ノマールの伯爵家養子入りで、思わぬ高評価を受けた公爵家令嬢ヴィリアンヌ。
しかしそれを怪しむ人もいるわけで……。
ヴィリアンヌへの思いがあふれて、四千字近くになってしまいました。
どうぞお時間のある時にお楽しみください。
「ヴィリアンヌ様! 大変です! 起きてください!」
「……んんぅ、なによぉ、かるきゅりしあ……。きょうはおやすみのひでしょ……?」
「そんな事仰ってる場合ではありません! 王子が、リバシ王子がお見えです!」
「……リバシ王子!?」
ヴィリアンヌはその言葉に一気に目が覚めました。
リバシ王子はこの国の第一王子にして、頭脳明晰・眉目秀麗・剣腕無類・性格温厚という男の理想を絵に描いたような存在でした。
婚約者を決めていない事もあり、あわよくばを願う女生徒からの人気も絶大でした。
ヴィリアンヌもその例にもれず、リバシに憧れを抱いていたので、休日の朝、自室に訪れるという事実に気持ちが浮き立ちました。
(今回の件で、私を婚約者に……?)
しかしヴィリアンヌはすぐに過去の自分の行動に思い至ります。
そこから導き出される結論は、絶望と呼ぶに相応しいものでした。
「さ、ヴィリアンヌ様。すぐにお支度をしてお迎えいたしましょう」
「……駄目よ、そんな事したら、私、この学園を追放される……」
「え? 何を仰っているんですか? ノマールさんを救った功績を讃えられているヴィリアンヌ様が罰せられる理由なんてありませんよ?」
「……あるのよ。昨年度末のパーティーで、リバシ王子に『新入生に成績優秀な平民が入るようだね』と言われ、『平民などこの学園に相応しくありませんわ』と答えてしまったのよ……」
「……え……」
その意味を理解したカルキュリシアが絶句します。
「……そんな私が平民を援助したとわかったら、王子をだましたも同じ……。きっと断罪されるのだわ……。最悪死刑かも……! いやぁ! 死にたくない!」
「落ち着いてくださいヴィリアンヌ様! まだそうと決まったわけでは……!」
「……一緒に逃げて……」
「……ヴィリアンヌ様……」
「お願い、一緒に逃げて……! カルキュリシア、助けて……!」
すがるヴィリアンヌを抱きしめ、カルキュリシアは子どもをなだめるような優しい声をかけます。
「わかりました。王子がヴィリアンヌ様を害するようなら、必ず私が連れて逃げますから」
「……ほんと?」
「はい」
その言葉に、ヴィリアンヌは安堵の息を漏らしました。
すかさずカルキュリシアが言葉を続けます。
「ではすぐ着替えましょう。王子をいつまでも待たせては、それも不敬と取られかねません」
「わ、わかったわ」
「お化粧は最低限で、髪も、軽くとかすだけにしましょう。三分間で支度しますよ!」
「は、はい!」
「お待たせして申し訳ありません、リバシ殿下」
「……」
「……あの、何か」
「いや失礼。お休みの時の装いがあまりにも可愛らしいので、つい見とれてしまいました」
「まぁ……」
さらりと褒めてくるリバシに、ヴィリアンヌは恥ずかしさと嬉しさに顔を赤くしました。
(もしかしたら、悪いお話じゃないのかもしれないわ……)
そう思い始めたヴィリアンヌに、
「しかし驚きました」
「……え、驚かれた、とは……?」
「まさかあなたが平民を助けるとは、ね」
柔らかい、しかし鋭い言葉が突き立てられます。
「え、あの、それは、その……」
「私は昨年度末のパーティーで、確かに聞きました。あなたが『平民などこの学園に相応しくありませんわ』と仰るのを」
「あ、あう……」
「あそこまで言ったあなたが、よもや半年、いえ、入学の頃から一年の伯爵家令嬢を通じて支援していたそうでしたから、一ヶ月程度で意見を変えるとは」
「そ、それは、誤解が……」
「それともあの時は私をあざむいていたのですか? ならば何故?」
矢継ぎ早の言葉に、一瞬警戒を緩めたヴィリアンヌは対応できません。
隠し立ても、取り繕う余裕もなくなり、
「も、申し訳ありません!」
ヴィリアンヌには頭を下げる事しかできませんでした。
「申し訳ありません? 何に対する謝罪ですか?」
「……こ、今回の事は、私は、指示していないのです……!」
「それはおかしい。一年のキュアリィさんは、あなたの指示だとはっきり言い、あなたもそれを認めていたはずです」
「そ、それが、その、わ、私は、あの平民を追い出そうと、キュアリィに『平民をいびりなさい』と指示したのです……」
「ほう。それが何故このような結果に?」
「わ、私にもよくわかりません! キュアリィが『いびりとは何ですか?』と聞いたので、失敗や不手際を指摘しなさい、とは言ったのですが……」
「ふむ……」
考え込むリバシ。
対するヴィリアンヌは恐怖に震えつつも、抱えていた秘密が話せた事に若干の安堵を感じていました。
「一つ伺ってもよろしいですか?」
「は、はい」
居住まいを正したヴィリアンヌに、リバシが問いかけます。
先程の詰問より、若干雰囲気が柔らかくなっていました。
「あなたが平民を学園から追い出そうとした理由は何ですか?」
「……あの、こ、怖かったのです……」
「怖い、とは?」
「……私は公爵家に生まれて、ずっと貴族の世界で生きて参りました……。使用人も貴族の出の者で固められ、平民など会った事がなかったのです……」
「それで怖かったと」
「……はい……」
「ふむ……」
「……浅はかで、ございました……」
再び考え込むリバシ。
正直な思いを口にしたヴィリアンヌは、自分がいかに幼稚な感情からノマールを排斥しようとしていたかを認識し、顔を赤くしてうつむきます。
「よくわかりました。あなたは私をあざむいたわけではなく、結果としてキュアリィさんがノマールさんを救った、という事ですね」
「……はい」
「そしてあなたは、今も平民は学園にいるべきではない、そう思っているのですね?」
「いえ、今は、もう……」
学園全体がノマールを受け入れようとしていた事を知ったヴィリアンヌには、もはやそんな気持ちはありませんでした。
「ならば私から言う事は一つ」
「……はい」
断罪の言葉を予感して、身を硬くするヴィリアンヌ。
その姿を見たリバシはにこっと笑います。
「うやむやにしましょう」
「は!?」
公爵家令嬢にあるまじき声を咎める事もなく、リバシは笑顔のまま続けます。
「この事実を公表したところで、誰も得をしません。あなたが断罪され、キュアリィさんもノマールさんはショックを受ける。喜ぶ人はいない」
「た、確かにそうですけど、それでよろしいのでしょうか……」
「なぁに。つまらない真実よりも、夢のある虚構。それで良いのですよ」
「……はぁ……」
安堵とも落胆ともつかない息をつくヴィリアンヌを、リバシはにこにこと眺めます。
「それに安易に罰を受けて許されるより、秘密と罪悪感を抱え続ける方が、罰として相応しいのではないですか?」
「……! そう、ですわね……」
ヴィリアンヌはその笑みの意味を知りました。
(リバシ王子は、私をじわじわといびるつもりなのだわ……)
しかしヴィリアンヌに逆らう術はありません。
言われるがまま頷きました。
「ちなみにこの事を知っているのは?」
「私の専属看護師のカルキュリシアだけですわ……」
「わかりました。それではこの件は内密に。では休みの朝早くから失礼しました」
そう言うとリバシは席を立ちました。
出口まで送りに来たヴィリアンヌに、
「私達はこれで共犯者ですね」
「っ!」
意味深なウインクを送って、リバシは部屋を出て行きました。
「……」
「ヴィリアンヌ様、王子は何と仰っていたんですか? ……ヴィリアンヌ様?」
呆然とするヴィリアンヌ。
カルキュリシアの問いに答えるような、それでいて独り言のように、ぽつりとつぶやきます。
「……悪い、お方……」
「え?」
「でも、どうしましょう、そんなところが、たまらなく……」
「ヴィリアンヌ様? あの、どうされました!? ヴィリアンヌ様ー!?」
さて、自室に戻ったリバシは、着替えもせずベッドに倒れ込みました。
(何やってるんだ私は! 全然予定と違うじゃないか! 予想通りの事態だったのに!)
リバシはヴィリアンヌの予想通り、年度末のパーティーの発言から今回の件を怪しんでいました。
そこで休みの朝、態勢が整う前に詰問し、事実を明らかにした上で断罪を考えていたのです。
(なのに、あのあどけない顔は反則だよなぁ……)
普段周りから侮られないようにとキツめのメイクをしていたヴィリアンヌが、ほぼすっぴんで出てきた時、リバシは完全に虚を突かれました。
何とか取り繕ったものの、愛らしい顔立ち、とかしただけの髪、そして心細げな表情、全てがリバシの心を打ちました。
(頭真っ白で、用意した質問をばしばしぶつけちゃうし……! 怖かっただろうなぁ……。涙目だったもんなぁ……)
そして明かされた予想通りの事実。
元々はそれを断罪して追い詰め、公爵家から何か有益なものを引き出すつもりでした。
しかし、小動物のように怯えるヴィリアンヌに、リバシの思考は何とかヴィリアンヌを助けたい気持ちでいっぱいになっていました。
(『うやむやにしよう』までは良かったけど、その後は彼女の罪悪感を少しでも軽くしたくて、自分でも『何言ってんだこいつ』状態だったし……! うあああー!)
ベッドの上を転げ回るリバシ。
しかし頭脳明晰な彼は、すぐに次の策を考えます。
(とにかく恐怖心を取り除こう! まずは花かな? 『共犯者』っていう言葉を頼りに、少しずつ距離を詰めていこう!)
にこやかな笑顔で敵を葬る腹黒王子。
王を継ぐ者として策謀の中で生き続けてきた彼に春が来た事を、まだ誰も知りません……。
読了ありがとうございます。
やっぱり腹黒って 難しーーーっ
当初は勘違いした腹黒王子がヴィリアンヌを無理矢理婚約者にする流れだったのですが、それは何か可哀想だなって思い、こんな流れになりました。
ちなみに王子の名前は、最初オセローでした。
いくら何でもあかんやろ、と思い、リバシになりました。
表は白で裏は黒。
でも黒と見せかけてやっぱり白。
春が来て良かったね。
さて最終話は再びキュアリィとノマールにスポットを戻します。
貴族の養子となったノマールを襲ういびりとは……?
最後までよろしくお願いいたします。