第二十三話 公爵家令嬢の驚愕【前編】
キュアリィにノマールいびりを指示していた公爵家令嬢ヴィリアンヌ。
ノマールが伯爵家の養子になった事で、それが明るみに出ました。
平民を擁護したと責められる事を恐れるヴィリアンヌ。
しかし事態はヴィリアンヌの想像を絶する展開を見せ始めます。
果たしてヴィリアンヌの運命は!?
どうぞお楽しみください。
ノマールの伯爵家への養子の件は、学園内にあっという間に広がりました。
文化祭での劇の大成功の直後という事もあり、当事者であるノマールとキュアリィは、多くの注目を集めました。
そこでキュアリィはこう言ったのです。
「全てヴィリアンヌ様のご指示ですわ」
そして今、ヴィリアンヌの部屋の前には、
「どうしますヴィリアンヌ様? 生徒だけじゃなく先生まで詰めかけてますけど」
「わ、私は体調不良と伝えて追い返しなさい!」
ヴィリアンヌから話を聞こうと人が集まり、彼女を恐慌に陥れていました。
(どうしよう! どうしよう! きっと平民を貴族に迎え入れさせた事を責められるんだわ! 私はそんな事しろだなんて言っていないのに……! どうしてこんな事に……!)
今のヴィリアンヌには、唯一信頼のおける専属看護師・カルキュリシアが、押し寄せる人を一時的にでも追い返してくれる事を祈るしかできません。
「……はい。……えぇ。あ、そういうお話でしたか。わかりました」
(お願い、カルキュリシア……! 頑張って……!)
「ヴィリアンヌ様、お話の内容的に早い方がいいと思うのでお通ししますね」
「な! う、裏切るの!? カルキュリシア……!」
「いや、裏切るとかそういうのではなくて」
カルキュリシアが答える前に、扉の前にいた生徒と教師がなだれ込んで来ました。
その勢いに恐慌を深めたヴィリアンヌは、椅子から立ち上がる事もできません。
「ヴィリアンヌ様! 今回平民のノマールさんが伯爵家の養子になったのは、ヴィリアンヌ様のご指示というのは本当ですか!?」
「え、あの、違」
「それ以前から、ノマールさんの学園生活を支えるように指示されていたというのも事実ですか!?」
「いえ、それは、行き違いが」
「キュアリィさんがこの部屋に頻繁に出入りしていたという複数の目撃証言も届いています!」
「あ、それは、そうなのですが……」
「今回の件は我々教師の間でも話題になっておる。君の処遇を決めるためにも、正直に話してくれたまえ」
「処遇……!」
ヴィリアンヌは自分の命運が尽きた事を悟りました。
学園を挙げて調査が入れば、言い逃れはできないでしょう。
そして貴族だけの学園で平民を擁護した自分は、厳しい処分を受けるに違いない、とヴィリアンヌは理解したのです。
絶望に塗りつぶされたヴィリアンヌは、力なく頷きました。
「……私が、キュアリィに、やらせましたわ……」
「素晴らしいですわ!」
「さすがは公爵家令嬢ヴィリアンヌ様!」
「何という深いお優しさ……!」
「君は我が学園の誇りだ!」
「え!?」
突如沸き起こった称賛の拍手に、ヴィリアンヌは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしました。
「あ、あの……?」
「この学園で唯一の平民であるノマールさんへの対応は、誰しも気にかけていたのです!」
「しかし下手に上級生が関わっても、萎縮させるだけ。かと言って学園に慣れない一年生に協力を頼むのも気が引けると、手をこまねいていたのです!」
「それをヴィリアンヌ様は丁寧にキュアリィさんに指示を出して、誰が動くよりも先に解決してしまわれました!」
「教師の間でも君のこの行動は絶賛されておってな。学園への貢献度の最高評価を贈る事が満場一致で決まった」
「えっと……?」
責められる事しか想定していなかったヴィリアンヌの頭は、思いもしない称賛に真っ白になりました。
ぽかんと開きそうな口を無意識に引き絞れたのは、『人前では堂々と振る舞う事』と教え込まれた公爵家令嬢としての教育の賜物でしょう。
「他にもヴィリアンヌ様に一言お祝いやお礼を申し上げたいという者が、廊下で待っておりますわ! どうかお顔をお見せになってくださいな!」
「はぁ……」
魂が抜けたようになったヴィリアンヌは、言われるがまま廊下に出ます。
「おお! ヴィリアンヌ様だ!」
「あのノマールさんを救ったヴィリアンヌ様!」
「美しい……。いや、神々しくさえある……」
「キュアリィ様が天使なら、ヴィリアンヌ様は女神だ!」
「ヴィリアンヌ様ー!」
「……どうも……」
頭がついていかず、ぼんやりと返す仕草が、集まった生徒達には自分の功績を讃えられてはにかむ、奥ゆかしい振る舞いに見えました。
「ご自分のされた事を誇ろうともしないなんて……!」
「ヴィリアンヌ様は、慎み深いお方……!」
「いえ、ヴィリアンヌ様にとっては、この素晴らしい振る舞いも、取るに足らないほど当たり前なのかもしれませんわ……!」
「! 成程……。では私達が騒ぎ立てるのもお困りになるかもしれませんわね」
「ではここで失礼いたしましょう。ヴィリアンヌ様、ご機嫌よう」
納得した生徒達が、次々に礼をして立ち去ります。
全ての生徒と教師がいなくなった後、ヴィリアンヌは隣に立つカルキュリシアに聞きました」
「……何これ」
「さぁ……。何もかもが奇跡的に良い方向に転がったのでは?」
「それにしたっておかしくない!? 女神って何!?」
「私に聞かれましても……。まぁよろしいではないですか。高評価は受け取っておいて損はありませんから」
「そ、そうね」
「それにこんな熱狂、すぐに収まりますよ。何せ主役はノマールさんとキュアリィさんですから」
「そ、そうよね! 平民に注目が集まるのは少し癪だけど、こんな訳のわからない状況、早く落ち着いていつもの日常に戻りたいわ」
ヴィリアンヌはカルキュリシアの言葉にそう答え、部屋に戻ると椅子に深々と身体を沈めました。
ヴィリアンヌは知りません。
この高評価が思わぬ人の耳にまで届いている事を……。
読了ありがとうございます。
勘違いによる高評価がヴィリアンヌを襲う!
もはや逃れる事はできぬぞ……!
後編は感想でアイディアをいただいた腹黒王子が登場します!
どうぞお楽しみに!