第十三話 公爵令嬢のいびり確認
淑女のいびりは世界一ィィィ!と叫びたくなるようなキュアリィのノマールいびり。
今回はさしもの公爵令嬢ヴィリアンヌも、一向に学園を去る様子のないノマールに業を煮やしたようです。
果たしてどうなる事か……。
どうぞお楽しみください。
「……どういう事ですの?」
ヴィリアンヌは教師から取り寄せた一年生の成績一覧を見て、奥歯を噛みました。
「あれだけキュアリィにいびられていながら、成績トップ!? しかも歴代一位!? どういう精神力してますの!?」
ヴィリアンヌにすれば、これまでに報告にあったようないびりを受けたら、まともな勉強はできないはずでした。
直接的ないびりで追い出すよりも、成績が落ちたという客観的な理由で退学になれば良いと思っていたヴィリアンヌにとって、期待を打ち砕かれる結果でした。
「失礼しますお嬢様。お夕食の前の健康確認でございます」
「……カルキュリシア」
そんな苛立つヴィリアンヌの元に、専属の看護師・カルキュリシアが入って来ました。
カルキュリシアは公爵家お抱え医師の娘で、ヴィリアンヌの体調管理とか話し相手として仕えているのでした。
「……熱も頭痛も腹痛もないわ」
「それはようございました」
「良くない! 私は今苛々してるの!」
ヴィリアンヌの剣幕に、カルキュリシアは肩をすくめます。
公爵家令嬢として厳しく躾けられて来たヴィリアンヌが、こんな風にあけすけに話ができるのはカルキュリシアだけなのでした。
「まだ平民はこの学園に相応しくないとか、古い事仰ってるんですか? 平民も本を読める時代ですから、諦めて受け入れましょうよ」
「やなのやなの! 私の周りは貴族ばっかりだから、得体の知れない平民がいるのがやなの!」
「……もう、ヴィリアンヌ様ったら……」
二つ年上の主の子どものような発言に、溜息を吐きながらも微笑ましく思うカルキュリシア。
その余裕は、ヴィリアンヌの一言で打ち砕かれました。
「そうだ! カルキュリシア! あなた一年生の教室に偵察に行って来て!」
「……はい?」
「あの娘のいびりがどうなってるのか気になるの! 歳も同じだから行けるでしょ!? ねぇ行って来て行って来て行って来て!」
「あの、ですが、私はこの看護師用の服と部屋着しか持ってないので、偵察は無理かと……」
「服ならいくらでも用意してあげるから! 行きなさい! これは命令よ!」
「……かしこまりました……」
こうなったら梃子でも考えを動かさない事を知っているカルキュリシアは、やれやれと溜息を隠して頷いたのでした。
翌日の昼休み。
(よく考えたらヴィリアンヌ様が授業の間は私も暇だし、学園の中を見て回れるのは新鮮かも……)
そう気持ちを切り替えたカルキュリシアは、用意された服を着て、指示された教室に向かいます。
「さてと、ここよね……」
覗き込んだカルキュリシアは、
「いいから早く帰りなさい!」
「!?」
突然の大声に、思わず廊下に引っ込みました。
(え、何!? 喧嘩?)
「そんな……! キュアリィ様、私はそんな事できません……!」
「いけませんわノマール! あなたはここにいるべきではないのです! どうしてもと言うなら、人を呼んででも家に帰らせますわ!」
「キュアリィ様……」
そのやり取りでカルキュリシアは、騒動の中心が探るべき対象である事を理解しました。
(えぇ……、まだ授業はあるのよね……? それなのに帰れだなんて……)
戸惑っているうちに、ノマールが荷物を持って教室から駆け出していきました。
すれ違いざまに見えた、ノマールの涙。そして、
「……おじいちゃん……!」
かすかに聞こえたその呟きが、カルキュリシアの頭に残りました。
そして教室から沸き起こる歓声と拍手に鳥肌を立てながら、カルキュリシアは教室を後にしたのでした。
その日の夕方。
部屋に戻って来たヴィリアンヌに、カルキュリシアが膝をつきます。
「ご報告いたしますヴィリアンヌ様」
「どうだった?」
「いやー、えげつないです。午後の授業があるのに無理矢理帰らせて、挙句教室からは拍手と歓声……。クラス全体で追い出すなんて、ちょっとやり過ぎかと思いました」
「まぁ……。それなのに何故まだこの学園に残っているのかしら……」
「すれ違いざま、泣きながら『おじいちゃん』と呟いていたので、家族のためじゃないですか?」
「……成程……」
ノマールの強さの理由に納得したヴィリアンヌは、
(しかしそこまで苛烈ないびりを受けていたら、いずれその家族の元に帰りたくなるはずですわ! 今後もキュアリィに一任しておきましょう!)
と満足そうに頷くのでした。
時は遡ってノマールが去った昼休みの教室。
クラスメイトは口々に安堵の言葉を口にしていました。
「良かったですわ。ノマールさんがお家に帰る気になってくださって……」
「成績のご報告のお返事にご実家のお祖父様がお風邪を召したというお知らせがあったら、一刻も早く帰ってお顔を見たいはずですのに……」
「授業をきちんと受けたいお気持ちはわかりますけど、それでは今日の乗合馬車がなくなってしまうというのに、『それなら歩きます』だなんて……!」
「この後の授業は秋学期の予告ですから、後でお伝えしましょう。明日はお休みですし、ご実家でゆっくりされると良いですわね」
暖かい言葉に包まれる教室を見て、キュアリィの目が自然と潤みました。
(クラスの皆さんがノマールさんの歴代一位を祝福して、ご実家への送り出しも後押ししてくれるなんて……! いびりはこんなところにまで影響していくのですね……!)




