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綺羅星のアストライアー  作者: 紀之貫
第2章 彼女たちの戦争
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第69話 初めての宇宙

 7月29日。UTC(協定世界時)4:00過ぎ。守屋精華は宇宙にいた。

 正確には、救星軍が保有する宇宙往還機の中である。離発着に伴うGに耐えられるよう、リクライニング機能に優れた頑健な座席に身を預けている。

 この機を操る乗員は4名。秘密裏に試験飛行を重ねてきた機体ではあるが、実利用は初めてのことだ。ケープ・カナベラルから発った時から今に至るまで、機内は緊張に満ちている。

 もっとも、今回の作戦行動からすれば、緊張も無理からぬことであろう。精華を宇宙に送り出し、ようやくスタート地点といったところなのだから。


 強度確保のため、この機には“客席”側に窓がない。完全に人員、あるいは簡易な物資輸送用の試験機だ。

 ただ、客席部前面に据え付けられたモニターからは、コックピット同様の視点が映し出されている。そうそう見れるものではない、大宇宙の闇が。

 ここまでやってきたことに、精華は思わず両手を握った。と、そこへ、機長から連絡が入る。


『じきにランデブーポイントに到着します』

「わかりました。準備を進めます」


 座席を立った精華は、無重力状態の慣れない感覚の中、客室から機体後尾へと泳いでいく。

 彼女が向かった先は、エアロックの手前の部屋だ。クリーンルームを思わせる、ほんの少しベージュが入った、のっぺりと真っ白な壁に囲まれている。ここで宇宙服に着替える。

 用意された宇宙服は、最新鋭の技術によってかなり薄くなるように作られている。従来型とは大違いだ。

 こういう準備の良さに対し、精華は今更ながらに、救星軍が本気で星を救おうと営為を重ねてきたことを思い知った。


 白い宇宙服に身を包み、ヘルメットとバックパックを背負った精華は、気密性のチェックを行った。密閉されているであろう服の中に、バックパックから空気を与圧していく。結果、空気の漏れは検出されなかった。

 事前に着装を繰り返してきた彼女ではあるが、現場でやらかさなかったことに、深い安堵を覚えた。

 後は、愛機に乗り移るだけである。服の袖にある簡単な端末を操作すると、ヘルメットに計器のようなイメージが投影され、コックピットと音声がつながった。


「こちらは準備万端です」

『了解。ランデブー準備が整い次第、エアロックを開けます。それまで待機を』

「了解しました」


 ヘルメットに映るレーダー上では、この機と愛機の位置が表示されている。少しずつ近づいているところだ。

 ただ、接近しすぎると危ない。接触によって破損すれば、今回の作戦行動に支障が出るばかりか、撒き散らしたゴミが致命的な散弾となり、他の衛星を脅かしかねない。

 ただ、いずれの機体も、宇宙空間での微細な調整はまだ経験不足であり、今回の実地で試みるには不安がある。

 そのため、精華はこれから命がけの綱渡りをすることとなる。彼女は服の腰部からワイヤーを伸ばし、先端のカラビナを機内のガイドレールに取り付けた。


 着替え終わって数分後、機長から『準備できました』とのアナウンス。それに精華が応答すると、エアロックが開き始めた。

 その時、精華の目に飛び込んできたのは、愛機と――圧倒的な宇宙の闇である。思わず意識を吸い込まれそうになる感覚に包まれたが、すぐに彼女は気を取り直した。

 彼女はまず、宇宙へ向かうガイドレールに沿って浮かび上がった。レールに取り付けた固定具のおかげで、宇宙に放り出される心配はない。


 やがて、広大な宇宙空間に身をさらした彼女は……つい、衝動的な好奇心を覚え、振り向いた。

――数百キロ先の空間に、守るべき星がある。青と緑と白が彩る、美しい星が。

 彼女は、強い胸の高鳴りを覚えた。何かこみ上げるものがあって、目頭が少し熱くなる。さすがに、これからの行動の邪魔になると思い、彼女は強力な自制心を働かせて、強い情動を抑え込んだ。


 そうして彼女は、再びなすべきに意識を傾けた。往還機から愛機への乗り移りを果たすにあたり、両機から太いワイヤーが伸びている。双方が互いに狙いを定めて射出。後は電磁力で引き合って接合したものだ。

 この命綱に、彼女は腰からもう一つのワイヤーを伸ばし、先端を取り付けた。往還機のガイドレールからはカラビナを取り外し、それも愛機へ向かう命綱に取り付ける。

 それから、彼女は綱渡りを開始した。たどるべきワイヤー長は25m程度とのことだ。あまり近づけすぎてもリスキーなだけに、これぐらいが限界である。今回の作戦が間に合わせの準備によるものと考えれば、上出来とさえ言えるかもしれない。


 果たして、綱渡りを終えた彼女は、愛機の中へと滑り込んだ。間違いが起きないようにと慎重にやってきただけに、成し終えるとそれだけで、心臓の鼓動が跳ね上がる。

 そんな彼女に、戦友が楽しそうな声を上げた。


『お嬢の心拍数、今回のが新記録ですね!』

「ああ、そう……もう更新はしないと思うわ」

『でしょうね』


 と、軽口の挨拶を済ませたところで、試験機AIセイリオスは今回の作戦のおさらいを始めた。


『今回の敵、タイクーンからの電波発信があれば、宇宙で待機するAIMが動きかねません。その迎撃を僕らがやるわけなんですが……』

「それらしい敵影は?」

『検出済みのもので50程度。距離はまばらです。ついさっきまでシミュレートしていましたが、同時に対峙するとして、最大4体ってところですか』

「了解。4体なら対応できるでしょう」

『本部からの衛星誘導で、敵群に干渉する可能性もあります』


 解説とともに、コックピットモニターには敵の分布図と、各衛星の軌道配置が映し出された。

 今回、このヴァリアント試験機が任されているのは、宇宙側でのAIM、コスモゾア群の迎撃だ。

 この迎撃には複数の意味がある。重要なのは、通信用衛星の保護。これら衛星を破壊された場合、地球で戦うアストライアーへの情報戦支援が立ち行かなくなる可能性がある。

 また、地球への降下を許すわけにもいかない。加勢されればそれだけ不利になるだろうからだ。この戦場から地球までの距離を踏まえても、戦闘時間次第では介入される可能性がある。


 このように重要度の高い任務だが、前例のないミッションだけに不確定要素は多い。武装面でも、これまでとは違う試みがなされる。


『無重力・真空中での戦いということで、従来の電磁投射砲では反動とその制御が、深刻な問題につながりかねません。今回は試作型のレーザーライフル主体でやってきましょう』

「威力の散逸もないから、ちょうどいいわけね。いつものライフルも、一応はあるのよね?」

『ありますけど、慣性との戦いが生じます。普段の戦いとはまるで違う感覚になりますから』

「ええ、わかってる。ほぼ無反動のレーザーの方が好ましいわね。データ取りのこともあるし……」

『そういうことです。機体で携行できるレベルの熱線攻撃による撃退は、今回初めてになります。撃ちっぱなしではなく、ある程度当て続けて焼き殺さねばなりません。ちょっと違和感あると思います』

「それは仕方ないわ……エネルギーは持つの?」

『バッチリです』


 そこで精華は、機体を動かして試作の銃とやらを構えてみた。

 どうも、普段使っている電磁投射砲のガワを流用しているようだ。凹凸のない見た目のライフルで、一応の識別用なのか、赤いラインが刻まれている。見た目の相違はその程度だ。

 このライフルについて、試験時の情報がモニター上に展開されていく。コスモゾア残骸から解析し、その組成を模した試験体に対し、真空中での実験では十分な加害能力があったという話だ。

 あとは、これを実際に敵へ当てれば良いのだが……


『宇宙空間での戦闘機動は未知数な部分があります。今回のレーザーライフルは、普段のライフルよりも射程が伸びています。その点も違和感あるでしょうが、仕掛けは前倒し気味に動いていきましょう』

「了解」

『ま、僕らなら余裕ですよ』


 軽い調子で言う相方に、精華は何とも言えない微笑で答えた。


 作戦のおさらいが終わり、後は接敵を待つばかりだ。帰りの足となる往還機は、すでに地球周回軌道に入り、この戦場から退避している。次に会うのは一時間半ほど後だ。

 レーダー上では、敵が少しずつ近づいているのが見える。この調子なら、接敵まで10分少々。地球側も似たようなもので、状況が動き出すまで10数分といったところか。

 すると、最新鋭のAIが暇つぶしの案を持ちかけてきた。


『熱帯でもします?』

「熱帯?」

『ネット対戦の略です』

「どうせ麻雀でしょ?」

『もちろん』


 悪びれなく答える相方に、精華は呆れたような笑みを浮かべてため息をつき……言った。


「十分で終わらないでしょ?」

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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