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綺羅星のアストライアー  作者: 紀之貫
第2章 彼女たちの戦争
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第68話 2つの戦場

 真希たちが台風から撤退して1週間後、7月27日10時前。

 救星軍日本支部の中でも比較的広い講堂は、会見などにも用いられる場だ。今日はここで、例の台風に対する本格的な作戦行動についての解説が行われる。

 例の台風の中にいる、中核と思われる敵に対しては、すでに名前が決まっている。タイクーン(巨魁)だ。タイフーン(台風)と語呂が近いということで、いつもながら香織が提案した。

「雲の城塞にいる、総大将みたいなイメージで……」とは彼女の談だ。


 今回の情報発信においては、ハワイでのマクロフォージ戦を踏襲する。つまり、技術的な細部まで立ち入ったことは話せないものの、作戦の概略だけは全世界で共有する形になる。

 こうした決定に至ったのは、組織としての透明性を確保するため、世界各国と地球市民全体から信を得続けるためだ。


 今回の会見においては、一般人代表ということで、真希のクラスも遠隔で参加することとなっている。台風が来る可能性が高い日本、それも太平洋側に住む者の代表としての出演だ。彼らをいかに安心、納得させられるか。そんなパフォーマンス的要素も多分にある。

 画面の中にいる友人たちに真希が目を向けると、やはりいずれも緊張した面持ちだ。事前に精華から「質問はご遠慮無く」と笑顔で言われている。そのおかげか、落ち着きを保って身構える者も少数派ながらいるにはいる。

 他の聞き手は、救星軍日本支部に駐在の記者たちだ。こちらにも「遠慮はするな」と伝えてはあるが、外部というよりは身内に近い間柄となっている。だとしても、彼らのプロ意識を妨げるほどではないだろうが。


 それら聞き手と他の関係者たちで埋まる講堂の中、前方で対面する形になるのは藤森と精華、そして研究開発部門の面々だ。

 真希が事前に聞かされたところでは、精華が中心に話を進めていく。その方が、色々と”ウケ”が良いからだという話だ。

 実際、会見が始まる前からの、彼女の凛とした(たたず)まいは、見るものの目を惹きつけつつも、どことなく安心させる力がある。現場で戦う彼女が、落ち着きと自信を保っているその姿は、職員たちにとっても精神的な拠り所の一つになっている。


 会見開始前の今は、まだ少しバタバタしている。そんな中、自席についてリラックスしつつ精神統一しているように見える精華に、真希は小さく手を振ってみた。

 すると、それに気づいた精華の方も、表情を柔らかくして手を振ってきた。彼女に対してこういう態度を取るのは、真希と愛機、あとはせいぜい香織ぐらいのもので、会見前の気安い感じを快く感じているようだ。


 と、その時、会見準備に回っている裏方の春樹が「後5分で開始します」と告げた。急に場がキュッと引き締まり、ざわつきが一気に引いていく。

 そして、会見が始まった。「こんにちは。救星軍、日本支部からお送りします」との挨拶から始まり、さっそく本題に入っていく。講堂前面に広がるスクリーンには、いくつかの映像が映し出され、それらをレーザーポインターで示しつつ、精華が解説を始めた。


「今回の台風、及び中核のタイクーンについては、外部からの攻撃が通用しないものと考えられます。そこで、アストライアーが進行方向の海中で待ち伏せ。台風の中を通ることなく、タイクーン本体と戦闘に入ります」


 ただ、そこで救星軍は、前回の戦闘結果を伏せることなく開示した。見えない力に阻まれ、敵に触れることも叶わずに敗退したことを。

 会見会場には、少し緊張感が漂い始める。無論、救星軍が無策で再戦するはずもない。そこまで空気が重たくなることはなく、記者の一人が手を挙げた。


「近接戦闘ではうまくいかなかったとのことですが、飛び道具などは? たとえば、前のヴァジュラみたいなものは……」

「はい。実際に検討の候補に上がりましたが……」


 記者の質問に対し、精華が口を開いた後、研究開発部門の担当者が回答を引き継いだ。

 レーザーによる攻撃は、大気圏内ということで減衰率が高いのが難点だ。アストライアーで携行・運用できるサイズの武器となると、かなり物足りない火力になる。

 そのため、ヴァジュラのように、自力飛行を諦めて懐まで飛び込み、全力で攻撃してなんとか……といったところだ。


 次いで、高校生たちからは、核攻撃はどうかと質問が上がった。台風まるごと消せないかと。彼ら自身本気ではないだろうが……全世界のティーンエイジャーを代表した質問ではある。

 そんな問いに、精華は微笑んで「無理ですね」と答えた。


「アメリカの気象庁によく寄せられる質問らしいですが……台風一つとっても、核攻撃一回とは比較にならないエネルギーがあります。仮に消滅したとしても、後の気象状況は予測が困難で、放射性降下物の飛散は深刻になるでしょう」

『あ、ありがとうございました……』


 質問の代表者は、すっかり萎縮して声を返した。


 では、今回の戦闘で、いかに勝利を収めるか。その鍵は宇宙にあると精華は言った。


「前回の戦闘では、アストライアーが単騎で完全に孤立する状況にありました。今回は宇宙から情報面でサポートします。現地で得たデータをもとに、敵の挙動を分析、それをアストライアーに送り返すというわけです」


 しかし、そうは言ったものの、記者陣はどこか半信半疑な様子である。そんなにうまくいくものだろうかと。

 そうして(いぶか)しむ聴衆たちに対し、精華は「準備は万端で、試運転にも成功しています」と宣言した。試運転がいかなるものか、聞く側は知る由もないが、とりあえずの希望は得たようだ。精華の堂々とした態度の影響もあるだろう。


 ただ、話はこれで終わらない。宇宙側からのサポートを行うにあたり、大きな問題があるのだ。地球を中心とした宇宙空間が映し出され、そこにAIMの敵影が表示されていく。

 スケールが大きすぎて理解しづらい部分はあるが、地球が遠巻きに取り囲まれているということだけは十分にわかる。

 すると、今度は藤森が口を開いた。


「現状の敵群は、通信衛星の高度を若干上回るあたりに広く分布しております。今回の作戦において、これら通信衛星を敵に狙われた場合、作戦の継続が困難になる恐れがあります。そこで……」

「救星軍から一機、宇宙に打ち上げ、台風直上の通信衛星を護衛しに行きます」


 それまでよりは少し硬い面持ちの精華が言葉を継いだ。スクリーン上には、宇宙空間で行われるもう一つの戦いについて映し出される。

 と、ここで真希の級友が声を上げた。


『ロケットで打ち上げるんですか?』

「はい。ただ、想像しているものとは少し違う形になるかもしれません」


 精華は微笑んで答え、本当の正解について口にしていく。

 まず、打ち上げなければならないのは、機体とパイロットだ。機体を打ち上げるロケットは、人間には耐えられないレベルのGがかかるため、パイロットは別便で宇宙へと送り出す。

 そこで、NASAと救星軍が共同開発してきたという、宇宙往還機にパイロットを乗せることとなる。

「ずいぶんと、準備が良いですね……」と記者の一人が言うと、藤森が苦笑いして答えた。


「宇宙空間を主戦場とし、敵の迎撃を行うプランも、救星軍としては存在しました。ただ、パイロットの負担を考えると、とても現実味があるものではなく……それでも、宇宙で戦わなければならない日も来るということで、準備だけは進めていました」

「なるほど……」


 他の記者たちも合点がいったようだ。しかし、真希の級友から、別の質問が上がる。


『その、一人だけ宇宙に行って戦うのって、もしかして……』


 すると、察しの良い質問者に微笑みかけ、精華は堂々と落ち着き払って宣した。


「私、守屋精華が、ヴァリアント試作機に乗って宇宙まで出撃いたします」

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