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綺羅星のアストライアー  作者: 紀之貫
第2章 彼女たちの戦争
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第65話 異常気象

 アストライアーとパイロット二人が、他に真似できない新技を身に着けていく中、救星軍の正規戦力も負けてはいなかった。日に日に強くなっていく彼女らに負けじと、奮起する部分もあったことだろう。

 救星軍日本支部では研究開発が進む一方、他の支部では着々と実戦経験が積み重なっていった。一機あたりによる戦果は少しずつではあるが右肩上がりに。もともと限られた戦力ではあるが、それでも確実に、より多くの敵を相手取れるようになっている。

 衛星による誘導技術も、全体としての運用方法・計画と、個々の衛星を操るオペレーターに磨きがかかったようだ。誘導精度と敵群行動の予想精度が、より正確性を増していった。


 こうして、AIMに対する対応力と、その実績を積み重ねる救星軍だが……前進を喜ぶだけではいられない。まだ見ぬ難敵が、宇宙に潜んでいる可能性が高いのだ。

 懸念を抱くのは関係者ばかりでなく、政府も民間も同様であった。救星軍の働きは大いに称賛しつつも、未知の脅威に対する不安は拭えない。

 日々もたらされる確かな戦果という吉報の裏、水面下でうごめく何かを感じ取るように、世間にはうっすらとした緊張感が漂っている。実生活の中でも、テレビの中でも、ネット上でも。


……そして、恐れられていた事態がついに起きた。



 最初は、小さな熱帯低気圧だった。いずれ台風にまで成長するであろう。自然災害になりうる存在だけに、決して軽視はできないが、取り立てて珍しいものでもなかった。

 洋上に居を構える救星軍各支部としては、こういった熱帯低気圧が作戦行動に支障をきたしはするが、織り込み済みでもある。直接干渉できるはずもないが、注意深く動向を探るべき監視対象だ。


 最初は単なる熱帯低気圧に過ぎなかったが、それは妙な挙動を示した。マリアナ諸島近海で発生したそれは、北上するかと思えばUターンし、南進したところでまたUターン。付近の海上を数日掛けて巡回し始めたのだ。

 それが不思議な円運動を見せる中、近海では他の熱帯低気圧も発生した。

 すると、周辺を迷走していたそれは――新たに生まれた熱帯低気圧を取り込み、勢力を拡大させて強い台風となった。


 この事態に、気象学会は驚愕した。

 二つの勢力に余程の差があれば、こうして取り込まれることはあり得る。しかし、今回は取り込まれた側にはそれなりの勢力を保っていた。これが吸収されるというのは、前例からすれば考えられない。


 それからも、太平洋にはいくつかの熱帯低気圧が、生まれては消えていった。

 異様な動きを見せる台風が、新顔の方まで出向いては、食っていったのだ。


 今夏の太平洋では、史上類を見ない気象学上の異常事態が進行している。まだ確証が取れたわけではないが、国際的な気象学の委員会と救星軍は、連名でこの事象をAIMによるものと推断。

 そこで、事態の究明のために、救星軍が行動を起こすこととなった。



『大変なことになったよね……』と、画面の向こうの級友が深刻そうな顔でこぼし、真希もただ「そうだね……」としか返せない。

 連日、ワイドショーは台風の件で持ちきりだ。いや、本当に台風と呼べる代物かどうかは、甚だ疑問ではあるが。

 ただ、幸か不幸か、他に台風と呼べるものが存在しない。そのため、今の世の中で台風といえば、太平洋上の共食い野郎を指すようになっている。

 今の所、台風はマリアナ諸島の東あたりを、我が物顔で巡遊している。海域周辺の島民は、国際的な協力体制により、多くが避難したとのことだが……避難だけで全ての人間を助けられるわけではないし、上陸を許せば多大な物的被害が出るのは明白だ。

 この事態に肝を冷やしているのは、台風と縁深い国、特にフィリピンと日本である。奴が最初に上陸するとすれば、おそらくこの2国のいずれかと目されており、政府も国民も気が気ではない。


 現在、学校を始めとする公共施設は、もしものための避難施設として準備を整えているところだ。とても授業をやっていられる状況ではなく、学区一丸となって緊急避難訓練と行ったり、非常時の行動について周知徹底したり。

 今こうして話している級友たちも、授業をやらずに色々と軽作業を手伝っていたそうだ。窓の補強工事を手伝ったり、各種物資を搬入したりと。

 AIMという宇宙からの脅威が明らかになって以降、市民と行政の間での連携力は、少しずつ高まっている。そのおかげで、意外なほどに大きな混乱を見せず、上陸時の備えが整いつつあるようだが……


『やっぱりさ、怖いものは怖いよ……マッキーの方はどう?』

「さすがに、台風が相手じゃね……設計上の強度から言って、今の勢力ならまだ拠点は耐えられるって

話だけど」

『これ以上強まったら……ってとこか』

「みたい」


 こうなっては、級友との話も弾まない。しかし、真希には言わなければならない報告事項がある。彼女は一度深呼吸をした。

 すると、級友たちは安易に察せたのか、神妙な顔で真希の言葉を待った。一層、座が暗くなる感じを覚えつつ、真希が口を開く。


「実はさ、あの台風の調査に駆り出されることになってて……」

『知ってる』

『知ってた』

「ありゃー?」

『だって、救星軍でどーにかするって話じゃん』


 級友たちは衛星観測等で調査するものと考えているのではないか、そう考えていただけに、級友たちのあっさりした反応を真希は意外に思った。

 しかし、彼らにとってはわかっていたことだとしても、受け入れづらいことではあるようだ。一度会話が途切れると沈鬱な空気が、画面を隔てても共有される。やがて、級友の一人が口を開いた。


『高原は、実際に何をするんだ?』

「内緒ね」

『言わんって』

「台風の進路上の海中に潜っておいて、通りかかったところで浮上して、目の様子を探るって」

『マジか』

「なにかあるとしたら、目だろうって」


 目を探ろうにも、気象衛星どころか軍事衛星でも、正確なところはまるで把握できていない。そこで、アストライアーを現地に派遣し、調査しようというわけである。

 この調査要員に抜擢されたのは、もちろん例の転移能力あってこそなのだが、民間にはまだ伏せている能力だ。さすがに級友相手と言っても、こればかりは自分の一存で明かすわけにはいかず、一層心配そうにする級友たちに黙っておくのは、真希にとっては大きなストレスだった。

 ただ、心配ばかりさせておくのも良くないと思い、彼女は思いついたことを適当に口にした。


「ま、用事が済んだら、また水中に潜ればいいからさ」

『だったら、そのへんの潜水艦でいいんじゃね?』

「いやまぁ……目の中に何か化け物がいたら、潜水艦だと大変じゃん」

『マッキーの場合は?』

「とりあえずぶん殴るよ?」


 これは割と本心である。ハワイの一件でさらに度胸がついたのか、殴れる敵であれば、特に気後れすることはない。そんな真希のあっけらかんとした返答に、級友たちは少し戸惑いを見せたものの、次第に安堵が混じった苦笑いを浮かべ始めた。


『まぁ、そういう調子なら大丈夫か』

『聞かないと思うけど、無茶しないでね』

「いや、無茶しに行くんだけど……ま、ちゃんと帰るよ。こんなんで夏休みがフイってのもムカつくしね」

『まったくだよ』


 結局、最終的にはあまり湿っぽくならずに話を終えることができた。細く長い溜息をつき、ホッと一安心する真希。

 しかし、まだ話さなければならない相手は他にいて、彼女は一呼吸着いた後、その相手を呼出した。


『真希か』

「じいちゃん、元気?」

『忙しい』


 祖父、圭一郎の顔は、血色こそいいが険しい。面倒事に巻き込まれた中、気力は充実している状態だと、孫の真希にはすぐに察しが付いた。


「上陸されたときの対応で動いてる?」

『ああ。元警部だから、その縁でも色々と駆り出されてな。町内でも備えは進めているところだ』

「そっか」


 やらざるを得ないから動いている側面があるとはいえ、淡々としながらも気力のある圭一郎に、真希はひとまず安心した。この台風に対し、あまり暗い心持ちを抱く祖父ではないと、最初から思っていたが。

 その後、彼女は意を決して、今回の作戦について打ち明けた。級友に伝えたのと同様の内容だ。耳にした圭一郎は、少しの間真顔になって考え込む様子を見せた。


『こちらからは、特に何も言えないが……いや、一ついいか?』

「何?」

『上陸させると、帰る家がなくなるぞ』

「あのさぁ……」


 ジョークのつもりかそうでないのか判断に困る、淡々とした祖父の言葉に、真希は呆れて顔を引きつらせた。

 ただ、祖父の真意は別のところにあったらしい。彼は軽い咳払いの後、言葉を改めた。


『あまり大それた事は考えるな。身近なもののために戦えばいい』

「うん……じいちゃん込みでね。守ってあげる」

『お前に守ってもらうっていうのがなぁ……歯がゆくてならん』

「はいはい」


 憎まれ口も相変わらずな祖父に、真希は苦笑いで返した。

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