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綺羅星のアストライアー  作者: 紀之貫
第2章 彼女たちの戦争
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第64話 新技③

 空間転移が可能になってからというもの、訓練メニューに転移がさっそく加わることとなった。

 救星軍にとって戦略的に重要な能力だというのはもちろんのこと、この力について知らされた各国政府上層部も、空間転移能力の向上を支持する姿勢を見せた。

 もちろん、すぐに思うがまま運用できるというわけではないのだが、それは承知の上、将来的に自国の危機をいち早く守ってもらえるかも……そういった考えあってのことであろう。


 ただ、転移の練習をするにあたり、問題がないこともない。民間にはまだ伏せている情報のため、露出は避けておきたい。

 そこで、救星軍日本支部から太平洋側に向けたベルト状の海域を、訓練用水域と定めることとなった。この件については各国政府の協力もあり、何ら紛糾する様子も見せず、アッサリと周辺諸国が承認する形となっている。

 それだけ、各国からの注目を浴びているというわけでもあるが。


 さて、初回は10mから始まった空間転移。当然のことながら、距離を伸ばしていくにあたってkmの実数値は用いる。

 しかし、機体を操る二人としては、単なる無味乾燥な数字では、どれだけの距離を移動したのか感覚として掴みづらい。単に~km移動したというより、どこそこからどこそこまで相当の瞬間移動と言った方が、断然イメージしやすい。

 有事の際、一気に駆けつけるための能力という観点からも、そうやって具体的なイメージにつなげやすい方が、訓練する二人のモチベーションが高まる。

 そこで、訓練担当の春樹や吉河は、一計を案じることとなった。



 7月8日。モニター上に浮かぶ地図アプリを広げ、真希はその縮尺を調整していく。

 地図の上には、日本支部拠点を始点とする直線が南東に延び、かなりの間隔を開けて目印の点がいくつか並んでいる。

 これらポイントは、自律移動できるブイの現在地を示すものだ。こうしたブイを目的地とし、日に日に空間転移の距離を伸ばしている。


 日本支部拠点を東京に見立て、距離を伸ばしていった転移訓練では、今のところ東京~大阪に相当する瞬間移動に成功している。

 わざわざ日本支部を東京に見立てているのには理由があり、それは、南鳥島近くに居を構える日本支部拠点が、本州からあまりにも離れているからだ。転移距離を伸ばしても、本州にはかすりもしない。

 これでは気分が上がらないし、上達の実感も得られにくい。そこで、東京始点でどこまで行けたかという形式で、それらしい気分を出している。

……パイロット二人は神奈川県民なのだが。


 今日の訓練を始めるにあたり、吉河が普段の口調で言った。


『では、今日は神戸まで行ってみようか』


 割と簡単に言ってくれる主任に対し、真希は苦笑いで短く息を吐いた後、「はい」と答えた。

 現時点では東京~大阪相当の転移に成功、距離にして400km近く。次の神戸は430kmだ。

「先生、いける?」と真希が尋ねると、後部座席からは「たぶん、どうにか」という答えが。

 自主トレで走り込みを続けてきたおかげか、体力がついてきている感じはある香織だが、それでもこの転移はなかなか厳しいものがある。

 真希にしても同様だ。事に臨み、深く深呼吸をした後、彼女はステラに「行くよ」と声をかけた。


 すると、直径1mほどの"目”がモニター上に出現――ここからが地球の科学文明とのコラボレーションだ。

 地図アプリはステラの感覚とも連動しており、地図上に目が表示されている。地図上でその目を動かせば、目が単独でそこへと転移し、転移先の光景を目がモニターに表示。

 つまり、やっていることは地図アプリとほとんど変わらない。カーソル代わりの目が、リアルタイムで現地映像を送る分、だいぶ上等になっているだけだ。

 その上、使用者の体力・精神力と引き換えに、現地まで飛ぶ機能まである。


 地図上で目的の部位付近まで目を飛ばした真希は、拡大した地図と現地映像を頼りに、目的のブイを探していく。

 訓練を重ねたおかげで、こうした探索は慣れたもので、すぐに対象のブイを見つけることに成功。その近くへと目を動かした。

 転移先の設定もこれで完了し、後は飛ぶだけである。コックピット内には緊張が満ち、二人は息を呑んだ。いつものように、真希が3つ数えてタイミングを合わせ、そして……


 歪曲空間に包まれたアストライアーが、一瞬の間に430kmを踏破した。

 瞬間、二人に強烈な疲労感が襲い掛かる。気力をこそぎ取られるような疲労と、重い何かがのしかかる苦しさ。加えて、力が入らなくなって機体の飛行安定性が損なわれる感覚に襲われる。

 しかし、真希は気を強く持ってこらえ、機体の安定に努めた。


 幸いにして、彼女らの気力によって、機体はどうにか持ち直した。とりあえず、飛行は継続できるといった状況だ。

 外からはまず、春樹からの問いかけが。


『二人とも、大丈夫ですか?』

「まあ、ナントカ……」

「私も、大丈夫です」


 息が上がりながらも、二人は答えた。向こう側からは安堵のため息が聞こえてくる。

 ここからは休憩時間だ。横浜相当の位置にあるブイを帰還ポイントとし、そこへ転移してから拠点へと戻る流れとなる。

 コックピット内に持ち込んだスポドリを飲んでクールダウンを行う二人。そこで真希が、ポツリと口にした。


「この調子だと、世界中に駆け付けてってのは難しいですね……」

『それはさすがにね。もっとも、私はそれでも構わないと思うけども』


 予想以上にあっけらかんとした吉河の言葉に、真希は少なからず驚きを示した。現状の転移訓練が、期待外れに終わっているのではないかという懸念が、彼女の中にはあったのだが……研究主任としての見解は別にあった。


『運用に口はさむ立場じゃないんで、なんとも言えないけども、現状でも十分な使い道はあると思うね。立川君としてはどうかな?』

『そうですね……敵群が大規模化して戦域が拡大したとき、すぐに助けに行けるってのは重要ですね。東京~神戸間って、一つの戦場としてみると、相当大きいですし』

「ま、飛んだ先ですぐに動けるわけでもないけど……」

『そこは、慣れ次第かな。数十kmクラスの転移を苦労なくこなせるようになれば、相当便利だと思うし……これだけの力を活かせないなら、君らが足りてないんじゃなくて、指揮する側が足りてないんだよ』


 二人に優しい吉河ではあるが、運用サイドには厳しく、そちら側に片足を置く春樹は『ははは……』と、乾いた笑いを漏らした。

 会話で気分がほぐれたところ、「それにしても」と真希。それに香織が「何?」と返す。


「いや、日本支部から直接どこかへ飛べるようなら……なんていうか、旅行とかできて便利だなって」

「旅行する前から疲れちゃうじゃない」

「それもそっか……」

「転移するだけで、頭の方はトリップする感じだけど」

「何か言った?」

「何も」



 2度目の転移により拠点へと帰還した二人だが、まだ訓練は続く。右腕から生じる熱線の刃の扱いに習熟するための訓練だ。

 しかし、日本支部拠点は絶海の孤島と言ってもいいロケーションにある。訓練用の資材を無尽蔵に用意できるわけもない。

 そこで、研究開発部門は頭を働かせた。


 拠点からほんの少し離れた空中に、アストライアーが構えている。甲板上には、機体をよりもやや上に向けた、銃のような機器。

 双方の準備が整い、真希は「オッケーです」と声をかけると、訓練が始まった。

 甲板に用意されているのは放水銃だ。組み上げた海水を圧縮し、連続的な放水ではなく、水の塊として撃ち出す形式の装備だ。

 機体よりもやや上部を狙う水の弾に、アストライアーは右腕を振りかざして一閃。熱線の刃に両断された水塊は、瞬間的に生じた激しい水蒸気で左右に泣き別れていく。


 次から次へと迫る水塊に、真希は機敏に反応して機体を操り、次々と切り伏せる。火力を継続しつつ、よりスピーディーに的を仕留めていくことで、持続力と操縦力を養おうという訓練だ。

 近接戦闘においては光るセンスを持つ真希。現状の訓練が始まってからというもの、機体さばきは流れるように洗練されたものになっていく。

 これはクラゲ相手には過ぎた訓練……というわけでもない。実際、敵がクラゲだけ(・・)であれば、ここまでの武器と動きは過剰であろうが……


『他に何が出るかもわかりませんし』と、訓練の切れ目に春樹が切り出した。


『さらなる敵への備えと見れば、訓練はいい感じに進んでますね。新しい武器もそうですが、動き自体が良くなっているように見えます』

「私もそう思います。イキイキした感じがあるというか」


 春樹の言に香織も賛同した。メインパイロットの真希としても、そういう感覚はある。


「単に機体を動かすんじゃなくて、動きに目的があるとやりやすいんですよね。今の訓練に、回避用の奴を合わせてもいいかも?」

『うーん、考えときましょう』


 すぐに組み合わせられるわけではないだろうが、吉河は二つ返事で応じ、真希は朗らかに「お願いしますね!」と付け足した。


 と、そこで、記者の一人が割り込んできた。


『技名、決まったんですよね?』

「えっ、ええ、まぁ……」

『叫ばないんですか?』

「ええ~」


 記者の言葉に、真希と香織は戸惑いを見せた。

 この、右腕から出る熱線の刃――実際には左からも出せる――は、やはりというべきか、香織の命名が通ってきちんと名がついている。


『ほら、アグニファイアー! って』

「いや、そーゆーのはちょっと」


 火の神の名を冠するこの技は、関係者一同に受けが良かった。それも、すこぶる。

 香織自身、″火属性″だからと少年誌っぽいノリで付けたこの名前は、拠点に集う者たちの少年みたいな心を刺激したのだろう。こういうところに来て、地球を守る戦いに関与しているのだから、そういうノリに琴線を刺激される精神性の持ち主ばかりである。

 真希としても、男友達とマンガ雑誌を回し読む習慣はあるため、いかにもそれらしいネーミング自体は気に入っている。

(ミズチが牽制・防御を兼ねた水属性で、アグニファイアが必殺の火属性って感じかな……)といったところ。


 昼前ということで、訓練を切り上げるタイミングに差し掛かったところ、ちょうどいいからと必殺技をやってもらおうというムードが高まっている。

 二人からすれば、何がちょうどいいのか知れた物ではないが。

 尻ごむ真希は、自分の頬に手を当ててみた。少し熱い。そんな彼女へ、香織が少し申し訳なさそうに話しかけてくる。


「ごめんね。もう少し、地味な名前にしてれば……」

「そういう問題でもないと思うけど……やる?」


 リクエストについて応えるか、香織に問いかけてみたところ、相方は意外にも乗り気を示した。


「真希ちゃんだけに任せっぱなしにはしないから。私も一緒に叫ぶわね」

「そ、そっかー」


 思いがけないノリの良さに、真希は少し驚き、モニター正面に向き直ってため息をついた。


「んじゃ、やりますよ」

『よし来た』

「なんですか、博士もこーゆーの好きだったとか?』

『ははは、夢の職場だね』

「……まったく!」


 苦笑いで応じた真希だが、すぐに精神を集中させていく。

 やがて、昼休憩前の最後の水塊が放たれた。狙いは機体の正面上部。思いっきりカを叩きつけるには絶好の位置だ。

 アストライアーは右腕を上段に構え、赤い閃光を放ちながら、その刃を振り下ろしていき――


「アグニファイアー!」


 息の揃った二人のシャウトとともに、水塊に攻撃が炸裂。心なしか強烈な一撃となり、最後の的は跡形もなく蒸発した。

 甲板の上では、何やら盛り上がりを見せている。それを少しだけ冷ややかな目で見つめる真希だが……


(案外、気持ちいいかも……)


 吹っ切れてみると、これはこれで、である。

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