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綺羅星のアストライアー  作者: 紀之貫
第2章 彼女たちの戦争
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第62話 新技①

 6月23日10時。ステラによる"新技"の調整が済んだとのことで、今日はその試験運転が行われる。

 実地試験を隠しきるのは難しいということで、甲板には関係者に混ざって見学の記者も並んでいる。

 ただし、試験の結果次第では、現地特派員と救星軍で協議を行った上で、現時点での公表を差し控える可能性も。

 また、今回の試験については日本支部のみならず、他の支部や"本部"も注目するところとなっている。

 それだけに、試験開始前からただならぬ緊張感が漂っており、パイロットにいる二人にも、それがひしひしと伝わってきた。


 しかし、周囲の緊張をよそに、当の二人はリラックスした様子でいる。つい最近、彼女らの個人的な心のつっかえが解消されたのが理由だ。

「精華さんに、いいとこ見せたいね」と真希が言うと、香織も明るい声音で「そうね」と返した。


 各種観測機材の最終調整と確認まで、まだ少し時間を要するということで、今しばらくは待機する必要がある。

 そこで真希は、外の春樹に声をかけた。今の彼は記者の前ということで、少し他人行儀モードだ。


「立川さん、救星軍の本部ってどんな感じ?」

『それがちょっと……隠してるわけじゃなくって、本当に知らないんです』

「トップシークレット的な?」

『そんなとこですね……何ですか』


 妙な言葉が続いたことで、真希は春樹がいる方へ視線を向けてみた。

 どうも、記者たちが救星軍本部という話題に食いついているようで、春樹というエサに群がる魚のようになっている。観念したようなため息の後、彼は言った。


『最高の意思決定機構はあるはずですが……まぁ、色々あって表には出せない感じです、たぶん。職員の間では、実は守屋グループの取締役会のことなんじゃないかとか、国連の地下にあるんじゃないかとか……そういう話ないですか?』


 記者たちに問いかけた春樹だが、反応はパッとしない。『ウチではトンデモ系の雑誌やってないからなァ』『題材としては手えつけたばかりなんで』等々。

 ただ、いずれにしても、日本支部の上にある何かが存在することは疑いない。救星軍はまだまだ謎が多い組織であり、その本部となるとどのようなものだろうか。

 アストライアーという特別な力を預かる真希としても、救星軍やAIM等、事の全容がまるでつかめない中にいるという実感はある。身の回りのことが着実に進展しつつも、薄暗い闇の中で手探りで動いている……先のことを思うと、少し途方も無い感覚に包まれる彼女であった。


 そうして雑談している間に、研究開発部門の準備も整った。『お待たせしまして、すみません』と、主任である吉河の声。


『では、ステラさん、説明を』

『はい。今回の実地試験では、二つの技を試します』


 二つという単語に、真希は耳をそばだてた。前にステラから聞いた話では、二つの候補のどちらかを先にという話だった。

 しかし、話の腰を折るのもと思い、真希は黙っておくことに。

『まずは、熱線による剣です』とステラが言うと、コックピットモニターに作業指示が現れた。


「あー、そっか。こういう実演も、私たちがやらなきゃってことね」

『お手数かとは思いますが……私単独の意志では、"武器"の使用が不可能ですので……』


 申し訳なさそうな声で答えるステラに、真希は朗らかな口調で「まっかせなさい」と応え、モニターの指示通りに機体を動かしていく。

 まずは甲板からの浮上。洋上まで飛行させた後、拠点に右腕を向けないよう構え……


「これで、念じたら出る?」

『そのはずです』


 あまり確信のない、ふんわりした返答だが、真希にはこれで十分である。「先生も集中してね」と真希が言うと、すかさず「もちろん」と意気のある返答。

 無数の目が、肉眼で、あるいはモニター越しに見つめる中、二人は息を合わせて機体の右腕に力を込めていく。


 すると、機体全体にうっすらと赤いラインが走る。一番ラインが過密な右手首の方の付け根あたりからは、赤い刃が現れた。籠手と刃が一体化した武器といった様相である。赤い刃の周りは宙が歪んで見え、刃が相当な熱量を持っていることがうかがい知れる。

 問題は、これでどこまで斬れるか――ではない。初めて見る武装にどよめき交じりの歓声が上がる中、吉河は淡々とした口調で指示を出した。


『出せるなら問題ないですね。温度測定の感じでは、見せかけってわけでもないですし。消しちゃって構いませんよ』

「いいんですか? 何か切って試さなくても?」

『クラゲ相手なら、十分な熱量だと思いますので。今後のことを考えるなら、もう少し威力を確かめたいところですが、そういう試し切りの準備がないですしね』


 と、研究開発主任はあっさりしたものである。

 実のところ、彼の興味はどれだけ切れるかよりも、右腕がその熱線の刃を保持できることにあった。


『ステラさん、右腕は熱くないんですか?』

『熱いといえば熱いのですが……自分の力で腕が壊れないよう、保護するのにも力を費やしています』

『なるほど。パイロットの二人としては、そういった疲労感などは?』

「実は、それなりに」

「私もです」


 空中に浮遊しつつの使用ということもあり、負荷はそれなりのものだ。武器をミズチに変えた時と、ほぼ同等だと真希は感じている。

 しかし、これはミズチと違い、空中機動を絡めて攻撃を仕掛けに行く、近接戦闘用の武器だ。使いこなすにはなかなか骨が折れそうである。


 もっとも、別の使い道もありそうだ。正確には、副産物と言うべきか。

『刃を出さなくても、熱に強くなるなら十分では? クラゲのレーザーを受け止められるかもしれませんし』と、春樹が指摘を入れた。

 この言葉を、吉河は自身が言おうと思っていたのか、『やるねえ』と一言口にして、ステラへ問いかけていく。


『右腕オンリーでの保護だとしても、熱線を実体で受けられれば心強いですね。水は水で、自分の視界が悪くなりかねませんから。防御手段はいくらあってもいい』

『そうですね。刃を出さずとも、右腕の保護は可能です。全身くまなくとなると、大量の力を使うこととなると思いますが……』

『それは厳しいでしょうね。相手の射撃に持続性があることを踏まえれば、ずっと力をこめ続けるってのは、現実的ではないかもしれない』


 と、全身防御の話に入ったところだが、まずは刃なしでも右腕を防御できるかどうか。真希がその様を念じて集中してみると、右腕がイメージに応えた。赤い熱線の刃がスッと消えていく。

 一方、機体全身を覆う赤いラインはそのままで、右腕回りに模様が濃いところもそれまで通り。このモードでの耐熱性能を確かめる準備がないため、熱線の刃については、今回はモードチェンジを視認して終わりだ。

 ひとまず試験の1段階終了といったところで、吉河から質問が投げかけられる。


『名前はどうします?』

「どうって……先生?」

「わ、私が? 博士に決めていただいても……」

『いや、私はどっちかっていうと、乗り手のセンスに任せる主義で。そっちの方がモチベに関わるとも思いますし』


 こうして全員が譲り合う格好になり、決まる気配はまるでない。ただ、自分のポジションを薄々察しているのか、香織は自信なさげではあるが「考えておきます」と言って、自身の宿題とした。


 さて、新たな武具を得たアストライアーだが、場の興奮と緊張はさらなる高まりを見せている。次いで行われる試験が、実際のところは今日の本番だ。


「空間転移だっけ?」

『はい』


 真希の問いかけに、事も無げに答えるステラ。思わず真希は、ひきつった笑みを返した。アストライアーについては色々と驚かされることが多いが、今回のは新記録になるかもしれない。

 後部座席の香織も、さすがに戸惑いを見せている。


「できるって話ですけど、にわかには信じがたいですね……」

『そう言われるのもわかります。できれば、私単体で実行できればいいのですが……』

「私たちが操作しなきゃ、だもんね」

『はい』


 ステラ単独の意志で動かせるのは、本当にごく単純な動作に限られる。戦闘行動を含む、乗り手の意思決定が必要な行為については、ステラではどうしようもない。

 とはいえ、機体丸ごと転移で飛ばすというのは、当然のことながら二人にとって初めてのことである。コックピット内は緊張に包まれ、見守る甲板上にも張り詰めた空気が漂っていく……

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