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綺羅星のアストライアー  作者: 紀之貫
第2章 彼女たちの戦争
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第61話 悩み事、いろいろ⑥

 福利厚生面に重々気を配られている日本支部拠点には、その中に居酒屋も存在している。法律上、ここに用がないのは、真希と精華ぐらいのものだ。

 この設備に対し、出向している特派員たちから、「贅沢だ」などの非難が挙がることはない。彼らも世話になっているからだ。酒で気分を良くして、あわよくば情報を……という魂胆もある。

 とはいえ、地球を守ろうという救星軍職員の熱意と仕事ぶりを目の当たりにしているため、記者側も相当配慮するのが常ではあるが。


 酒類の提供を行う設備を構えるのには、健康管理上の合理的な理由もある。個人の手に酒が渡って自室で飲まれるよりは、酒類提供の“窓口“を一元化した方が、色々と目を届かせやすいのだ。

 また、誰がどれだけオーダーしたかについて、店側は秘密裏に把握している。明らかに飲みすぎていると判断されれば、産業医へと連絡が行く仕組みだ。

 とまぁ、中々お節介な居酒屋ではあるが、現状においては普通の居酒屋として機能しており、誰もアルコールには溺れていない。



 ビールが入ったジョッキを傾け、喉に流し込んだ春樹は、うつむき加減になって長く息を吐き出した。ジョッキを優しくテーブルに置き、所狭しと並ぶツマミへと箸を伸ばす。

 ともに卓を囲むのは三人。香織と、直上の上司である支部長の藤森、そして開発主任の吉河だ。夕食後、香織と吉河が食堂で話し込んでいるところへ、春樹と藤森が出くわし、それから飲みへという流れである。

 突発的な飲み会にもかかわらず、香織は意外と乗り気である。藤森はそこそこ飲めると知っていた春樹だが、香織もそういうクチかと意外に思った。一杯目のスクリュードライバーを早くも空けている。

 ただ、学生の飲み会とは違い、雰囲気はしっとりしたものだ。競い合うように飲む空気はない。そもそも、吉河はジンジャーエールだ。


 飲み会が始まって最初のうちは、当たり障りのない雑談が続いた。ここでの暮らしについて、香織に対して聞き込みを行うのが主だったが。

 特に不満がなさそうな香織への聞き取りが終わると、吉河が今日の出来事について触れ始めた。


「アストライアーでの射撃シミュレーターは、まぁまぁの出来です。正式な報告書は明日ですが、取り急ぎ」

「そうか……吉河の言う『まぁまぁ』だから、相当なもんだろうなぁ~」

「ええ、実際の訓練さながらで、ビックリしました」


 酒が入っているのか、普段よりは陽気に見える二人が言葉を返した。

――いや、仕事でなければ、藤森はこんな感じだと春樹は思い出した。ただ、このような拠点を任される立場にあり、寝ても覚めても自分の職場ということで、最近は気が張っていることが多い。今回の飲みは、ちょうどいい息抜きになっているようだ。

 そうして周囲を伺いつつビールをチマチマ飲んでいると、話題が春樹の方に飛び火した。


「立川君も、シミュレーターはやりたいんだろ?」

「……そんな事言いましたっけ?」


 少し多めに酒を含んだ後、飲み干した春樹はとぼけるように答えた。藤森は苦笑いで見守り、香織は……少し身を乗り出している。酒の進みが速い割に、顔色はいつもどおりだ。

 この話題で香織に食いつかれ、春樹の心臓が高鳴った。酒のせいだけではない。ただ、吉河はあまり遠慮なく、この話を掘り下げてくる。


「ま、こういう席だし、言っちゃってもいいんじゃないかな?」

「そうはいいますけどねえ」

「私としては、話してもらいたいです」


 明らかにシラフな顔の香織が、まっすぐ見つめてきて、春樹としてはやりづらくなった。全員酒浸りなら、もう少し話しやすかったものを……


(というより、よりによって酔ってない二人が攻めてきてるじゃないか……)


 場の空気か、久々のアルコールで回りが速いのか、春樹は少し体が熱くなる感じを覚えた。ジャケットを脱ぐと、香織が無言で手を伸ばしてくる。


「掛けますよ」

「あ、どうも……」

「いつもお世話になってますし」


 ハンガーに近いのは香織だ。酔いの回り具合からも、香織が掛けるのが自然に思われる。しかし、どことなく恥ずかしい感じに、顔がますます熱くなる。

「また今度にするかな?」と吉河が言うと、春樹は顔をおしぼりで拭った。それから、対面の彼に、やや据わった視線を投げつける。


「そういうと、言うことがあるってのがバレバレじゃないですか」

「君がはぐらかさないから」

「あ~、もう」


 部門は違うが、階級的には吉川の方が断然偉い。しかし、そういう事を気にする席でもなければ、そもそもそういう礼儀にうるさい吉河でもない。むしろ彼は、年下の春樹の素が出てきたことに、楽しそうな笑みを浮かべた。

 ジャケットを掛け終わった香織が腰掛けると、三人の目が春樹に向いてきた。もはや観念するしか無いと、彼は覚悟を決めて口を開いていく。


「射撃訓練に興味があるってのは、本当です。やっておかなきゃなぁって、そう思ったので」

「それは……」


 聞き手の香織が、横で気遣わしげな目を向けてくれている。その目に余計に酔いが回る感じを覚えつつつ、春樹はビールで口を湿らせ、言葉を続けた。


「いろいろ考えたんですよ。あなたたち二人のこと、もっと理解しないとなあとか、僕が射撃できるようになれたら、高原さんに助言できるかもとか……二人に何かあったとき、代わりに戦えるように、とか」

「そのこと、高原さんには?」

「言ってませんよ。今日、少し話した感じでは、立ち直ったみたいですし」

「そうか……」


 会話が切れると、尋ねてきた藤森と春樹は、ほぼ同時にジョッキをあおり、空になったそれをテーブルに置いた。すかさず、注文用の端末片手に吉河が尋ね、四人まとめて次の一杯を頼んでいく。

 春樹や香織としては、上の立場の人間に注文を取らせる格好になってしまったが……当の本人は、まるで気にしていない。


「変に思われるかも知れないけど、こういう端末のUI見るのが好きでね。どれを売りたいのかとか、そういうの考えるの面白いじゃないか」

「わからんでもないですが」


 その後、次の一杯がやってきたところで、藤森はおしぼりに顔を(うず)めた後、春樹に切り出した。


「いい機会だ、立川から悩みでも言ったらどうだ?」

「いえ、別に……抱え込むのも仕事ですよ」

「まあまあ、そういうな」


 つっけんどんな口調で返した春樹に、藤森が妙にニコニコしながら、空のグラスへビールを注いでくる。

 一方、横の香織に目を向けると、彼女はなんだかモジモジしながら春樹に何か言いたげな目を向けている。トイレ……ではなく、春樹に何か話してほしいのだろう。


(そういえば、つい最近まで学校の先生だっけか……)


 別に春樹は彼女の生徒でもなんでもないし、年はほとんど同じだ。世話役という立場を考えれば、むしろ悩みを聞く立場にある。

 しかし、そういう立場を盾に、自分の弱いところや悩みを頑なに閉ざすのが、香織の目を前にすると意固地になっているようで……

 ついに春樹は根負けし、ミックスナッツをつまみながら、ポツポツと語りだした。


「古臭い人間と思われるかもですけど……若い女性とか女の子とか……あえてこういう表現しますけど、女子供に戦わせるのが、嫌なんですよ。いつも、代わってあげられたらって、そう思ってます」


 そこで言葉を切っても、誰も口を挟んでこない。ナッツをやや乱暴にひとつかみ。口に放り込んで噛み砕き、酒で流し込んだ春樹は、言葉を続けた。


「……ハワイの時、たぶん死ぬかもとは思いましたけど……これでいいんだって思ってる自分もいて……今はちょっと、また割り切れない感じですね。町田さんの射撃がうまいのも、手放しに喜べない自分がいて……」

「そうだったんですね……」

「そうなんですよ」


 場の空気がしんみりしたものに。しかし、それはほんの数秒のことだった。ソフトドリンクをグビグビやった吉河が、だしぬけに言い放つ。


「我々の立場がないねぇ、支部長」

「は? ああ、いや、そういうことか。オッサンのお前らは、若いの戦いにいかせて何ともないのかと」

「そ、そんなことは……」

「つまり、立川君は単に、自分自身の問題だと考えてるわけだ」


 吉河に喝破された春樹は、少しして「はい」とうなだれるように首肯した。


「とはいえ、今からヴァリアント乗れるわけでもないしねぇ。エージェントを戦闘要員に回しても、それはそれでって感じだ。記者からも評判いいよ、君」

「まぁ……せめて、任された仕事はと思ってますから」

「組織としては、その調子で頑張って欲しいところだね。割り切れないフラストレーションを、目前に仕事にぶつけて昇華みたいな。なぁ、支部長」

「あ、ああ、そうだな……」


 あけすけに言い放つ吉河に、やや赤ら顔の藤森は、少したじろいでいる。とはいえ、言うべきことを遠慮なしに言われたといった感じで、取り消させるようなことはない。

 少ししてから、藤森は咳払いして言った。


「まぁ、なんだ……そういうことだから」

「そういうことってなんですか。こちらにだけ言わせて、少し卑怯では?」

「ぐっ」


 やや立場が弱くなりつつある藤森に、春樹が噛み付くように指摘をいれ、上司のはずの彼は押し黙った。

 ただ、困り気味の上司を目にして、春樹は表情を柔らかくして「わかってますよ」と言った。横から吉河が「アルコール入ってるけどねぇ」と言ったが、それは無視し、春樹は香織に話しかける。


「まぁ、そういうことなので……それなりに思うところはありますけど、こちらはこちらで頑張るので、町田さんも納得がいくように頑張ってください」

「……はい!」


 ここで春樹の話は一段落。どことなく、肩の荷が下りたような彼の雰囲気に、場の空気も和らいだものに。

 しかし、そこで香織が口を開いた。


「あの、真希ちゃ……いえ、高原さんから」

「真希ちゃんでいいのでは?」


 言い直した香織に、吉河が優しげな笑みを浮かべて言った。ほか二人の顔も柔和なもので、香織は改めて話を切り出していく。


「真希ちゃんから、お願いがあるということで」

「救星軍に?」

「いえ、職員の方々というか……特に、支部長の藤森さんに」



 夕食後、食堂でそれぞれの学校生活について話し込んだ真希と精華は、カフェでケーキでも食べようということで食堂を後にした。

 カフェに向け、通路を歩いていく二人。と、曲がり角でばったり出くわした四人組を前に、二人は立ち止まった。


「皆様お揃いで……珍しい組み合わせですね」


 遭遇したのは香織、春樹、藤森に吉河。彼らの顔をさっと見回し、真希は言った。


「お酒入ってますね~」

「た、たまにはね」

「別に責めてないですよ」


 たじろぐ春樹に、にこやかな笑みで真希が返した。

 その後、どこか緊張気味の藤森が真希に視線を向け、咳払いの後に切り出した。


「高原さんと、高原君、どちらの方が?」


 この質問に、真希は香織の方を見た。視線が合い、表情が緩む二人。改めて藤森に向き直り、真希は明るい口調で答えた。


「どっちかっていうと、高原君で。でも、呼び捨てでもいいですよ!」

「呼び捨てというのはね……しかし、まぁ、何だ。町田さんから聞いたよ。上に立つ人間にしては、ちょっと腰が低すぎるとね」

「はい。色々と尊重していただけているのはありがたいんですけど……周囲の大人の方には、それらしくあってほしくて……やりづらいかもしれませんけど」

「つまり……君の感覚で言えば、校長先生みたいな感じで居てほしいと」

「そんなとこですね」


 その後、真希は思い出したように口を開き、「吉河先生はそのままでいいですよ」と言った。言われた当の本人は、「だろうねえ」と返して、ささやかな笑いを誘う。

 笑いも落ち着いたところで、精華は四人に問いかけた。


「皆様は……酔い醒ましに、何か茶でも一杯、というところでしょうか?」

「そんなところですが」


 すると、精華は少し考える素振りを見せた後、その場の全員に提案した。


「カラオケでもいかがでしょうか?」

「えっ?」

「いえ、これも何かの縁かと思いまして……」


 精華の提案に対し、真希と香織は、むしろカラオケの存在に驚いた。居酒屋、トレーニングジムまであるのだから、省スペースのストレス発散設備と思えば、そう不自然ではないが。

 結局、特にやらない理由もなく、六人はカラオケに向かうこととなった。道中、吉河が何気ない口調で、精華に問いかける。


「お嬢からこういう提案が出るのは、意外ですねぇ」

「……そうですね。そう思います」


「ヴァリアントにでも積みます?」

「さすがに、それは……」

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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