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綺羅星のアストライアー  作者: 紀之貫
第2章 彼女たちの戦争
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第59話 悩み事、いろいろ④

 春樹と玩具の銃で遊んだ後、軽く柔軟とクールダウンを済ませた真希は、トレーニングジムを後にした。

 夕食にはまだ少し早い時間だが、自室に戻っても暇ではある。級友とのおしゃべりも済ませてしまった。

 そこで真希は、夕食までは適当に、棟内をうろつくことに決めた。


 特にあてもなく歩いていくと、ちょくちょく職員や記者とすれ違う。そこで真希は、先に春樹と話したことを思い出した。


(悩みごとがあったら、他の人にも話してみてって話だけど……)


 あの時は場の空気で素直に受け入れた真希だが、よくよく考えてみれば、あまり知らない人に悩みを打ち明けるわけにもいかないだろう。

 結局は折を見て交友の機会を積み重ね、仲良くなっていくほかなさそうである。

 そんな中、接点の多い記者たちはというと、互いに親しみを持って接する中ではあるのだが……


(スクープにされたら困るな~、でも、そういうインタビューとかって思えば、アリっちゃアリ?)


 などと考え事をしながら、彼女は通路をブラついていく。


 そうして数分経ったころ、真希は精華に出会った。向こうのお仕事は終わったようで、装いは落ち着いた私服である。

 先方は、真希の姿を認めると、表情を柔らかくして「お疲れ様」と声をかけてきた。それに朗らかに応じつつも、真希は思う。


(こういうところは、普通なんだけど……)


 真希からすると、訓練が終わった時の精華は、どことなく影が差しているように思われる。訓練や戦闘絡みで声をかけると、ワンテンポ遅れるのも気にかかるところだ。

 それに、真希に対する応答だけに、そういう違和感があるのだ。自意識過剰かもと思いつつも、やはり気になって仕方がない。

 そこでふと思い出したのは、春樹の教えである。精華を相談相手にできるほどに十分に親しいのかどうかはともかく、彼女と仲良くなりたいとは本心でも持っている。

 ちょうど良さそうな話題もあり、真希は思い切ってお誘いをかけてみることにした。


「実はですね……あ~、いや、私がさっきまで何してたか、わかります?」

「……お友だちとお話、ではなさそうですね。日課みたいなものですし」

「もちろん、そっちもやったんですけど……立川さんと、玩具の銃で撃ち合ってました」

「そうでしたか」

「今度、一緒にどうです? 守屋さん相手なら、いい勝負になるかも?」

「……ふふ。では、機会があれば」


 ナチュラルに春樹を下に置くような発言になったことに気づき、ほのかな罪悪感を覚えた真希だが、もっと重大なことが彼女の胸にはある。


(なんかこう、思ってたのと違うんだよね……)


 お誘いに対する反応の中に、煩わしく思っているような負の感情はなさそうだった。最後の返事が社交辞令くさいのは、この際置いておく。

 その上で、真希としてはどことなくスッキリしない感じがあった。やはり、真希が相手だと、受け応えに微妙な間が入ったり、手短な相槌で終わったりすることが多いように思われるのだ。記者会見では、様々な質問に対し、淀みない口調で即座に応じる精華のはずだが。

 そうした会見時の精華は、真希にとっては大変格好良く映り、ほのかな憧れでもある。憧憬の念があるからこそ、自分自身を前にした時の精華とのギャップが浮き彫りになる。


(やっぱり、射撃のことかな……)


 精華がこういう対応を示す理由について、心当たりがないこともない。撃てない自分に対し、精華は色々と気を遣っているのではないかと。

 しかし、そういう弱点を吹っ切りたいという思いもあり、真希は意を決して切り出した。


「私、アストライアでは射撃が全然ですけど……得意分野で頑張っていこうと思います。守屋さんは、私が撃てない分、お仕事増えちゃうかもしれませんけど、その分、私は私の仕事を頑張りますから!」


 思いの丈を抹消面から打ち明ける真希。すると、真顔で固まっていた精華の目に一瞬ではあるがうっすらと潤うものが現れ――しかしそれは、彼女のまばたきとともに消えてなくなった。


「……それは、良かったです。あなたが撃てないこと、気に病んでいるのかもと、心配でしたから。お互い、頑張りましょうね」

「は、はい」


 やや途切れ途切れな精華の言葉、先ほどの眼差し。真希の中で謎が増えていく。

 決意表明を正面から受け止めてもらえたようで、それはなによりだが……こうなってくると、精華のことが一層気になってくる。

 立ち入った話になるかもしれないと、真希は思った。ただ、幸いにして、通路には他に誰もいない。

 この短いやり取りの中、複数回目になる覚悟を決め、彼女は言った。


「守屋さん、何かこう……隠し事っていうか、私に言いたいこと我慢してませんか?」

「えっ?」

「こう見えて、私って結構鋭い子なんで、わかっちゃんですよ~」


 せめて話しやすいようにと、朗らかな調子で話しかけていく真希。

 一方の精華は、かなり戸惑う様子を見せている。ただ、迷うということは脈ありだ。はぐらかそうとはしていない。


(やっぱり、何かあるんだ)


 精華をまっすぐ見つめる真希の中で、胸がどんどん高鳴っていく。そして――


「高原さんは、私のことを、何とも思わないのですか?」

「えっ? いや、普通に尊敬してますよ。カッコいいと思いますし、憧れてます」


 素直な言葉を口にした真希だが、明らかに精華の心には届いていない。鉄のように動かない精華の真顔は、少ししてから、冷たい言葉を放った。



「私、兵器を売る家の娘ですよ」



――時が止まった。息もできない沈黙の中、胸の鼓動ばかりが早まって、真希の内奥をかき混ぜる。

 頭の中が真っ白になった中、それでも彼女は思考を巡らせていく。色々な線がつながったようで、しかし、確信を持つには恐ろしく。

 それでも、何か言わなければと彼女は思った。思いつめた表情の精華は、その奥底で心が揺らいでいるように感じられる。この静寂が、彼女の心を切り裂いているように思われてならない。

 いたたまれなさ、何とかしなきゃという気持ちに急き立てられ、真希は口を開いた。


「そ、それは、守屋さんには関係ないことだから」

「……そう。そう、ですよね」


 答えた精華は、ふっと表情を緩めた。そして、(きびす)を返して立ち去っていく。

 ややあって、言葉の綾に気づいた真希は我に返って「待って」と口にしたが、精華の影はどこかへ消えていた。

「関係ない」なんて言い方、つっけんどんで突き放したようだったかもしれない……そう後悔しても遅かった。

「守屋さん」なんて言い方も、あの場としては他人行儀だったかもしれない。かといって、家と精華を切り離すような言い方をすれば、それはそれで彼女の家系を否定するようで……


 一人になった真希は、力なく壁にもたれかかり、思考の迷路に囚われた。

 そういうつもりで言ったわけじゃないのに、という気持ちはあった。

 ただ、「本当に言いたかったことをわかって!」などとは言えない。きっと、兵器を売る家の娘という立場は、今になって気にしだしたものではないだろうから。

 幼いころから人知れず、自分の境遇を思い悩んできた真希には、そういうことが嫌というほどわかった。

 だからこそ、どうにかしなければ、とも。


 その時、通路を通りかかる馴染みの記者が、彼女に話しかけてきた。


「高原さん、何か悩みでも?」

「えっ、いや、そういうんじゃなくって……」

「……気になることがあったら言いなよ? メディア動かして意見言うってのも、一つの戦い方だよ?」


 その発言の意図がわからなかった真希だが、少し考えると疑問が氷解した。


「ここにも救星軍にも、不安はないですって!」

「ならいいんだけどね。じゃ、他の新聞社に対しては?」

「あっ、私のこと利用する気ですね?」

「ハッハッハ」


 軽い調子の中年記者は、笑った後に「夕食は?」と尋ねた。


「エー、誘ってます?」

「いやいや、同業の連中にぶっ叩かれちゃうよ。合同ならアリだけど」

「それはまた今度」

「社交辞令だねえ……」


 あしらわれた記者は、ひらひらと手を振ってその場を後にした。

 ふと真希が外に目を向けてみると、あたりはすっかり暗くなっている。


(夕食かあ……)


 その時、脳裏に閃くものがあり、彼女はしっかりした足取りで動き出した。

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