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綺羅星のアストライアー  作者: 紀之貫
第2章 彼女たちの戦争
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第57話 悩み事、いろいろ②

 日本支部拠点のトレーニンクジムには、一面に柔らかなマットが敷かれた大部屋がある。レクリエーション等のためにと設けられた部屋だが、今回のお遊びには好適な部屋と言えた。


「じゃ、ここがセンターライン。お互い、相手の陣地に入らないように。そうしたら負けってことで」

「おっけ、手加減しないでね」

「そっちこそ」


 思った以上に不敵な笑みを浮かべる真希に対し、春樹はいい傾向だと思いつつ、一つ思い出して付け足した。


「弾をつかむの、アレはナシで」

「ええ~、アレもテクの内じゃん」

「いや、こっちが不利になりすぎるだろ」

「えっ、勝つつもりでいたの?」


 まったく……玩具の銃でも抵抗感があるのではと不安していたところに、この態度である。


(ま、気を遣ってくれてるのかもだけど……)


 もしも、これが彼女なりの気遣いから来る空元気だとしたら……彼は、その可能性を頭から追い出した。


――こういう時ぐらい、素であってほしい。生意気でもいいから。


 そうして、二人の銃撃戦が始まった。

 今回の遊びのためにと、玩具の銃器は何種類か用意したものの、結局は一番盛り上がりそうなチョイスとなった。両者ともに、箱型の弾倉へ10発程度搭載できるモデル。中々の連射能力があるが、リロードの隙は当然ある。


 まずは様子見ということで、遠間から撃ち合う二人。当然、弾は当たるはずもない。この間も、春樹は真希の様子をうかがい続けた。


(この銃なら、人には向けられるみたいだな……実際、普通に狙って撃ってきてるし)


 真希が射撃できない理由について、春樹にはなんとなく察するものはあった。こういう銃なら問題ないらしい。おそらく、何か彼女の中では線引きがあるのだろう。それが明文化できるものかどうかは不明だが。


 勝負と口にしつつも、別の目的がある春樹だったが、次第に勝負へと専念せざるを得なくなってきた。最初はお互いに、領地最後尾のラインで撃ち合っていたのだが、真希が詰め寄り領地の境界線に張り付く形に。

 急に間合いが縮まったことに、春樹の側は少し対応が遅れ、その隙をつくように真希の乱射。


「うぉっとぉ……テニスやってた?」

「授業ならね」

「前衛?」

「シングルス!」


 にこやかに答えつつも、射撃の手を緩めない真希。マガジンのリロードも、中々様になっている。その隙を撃とうにも、バランス感覚と手先の器用さはさすがのもので……

 撃たれた弾を、彼女は空のマガジンで防いだりもした。


「ちょっと、そういうのナシにしようって!」

「いや、立川さんでも、これぐらいはできるかな~って」

「でもって何だよ、でもって」


 体を動かして温まってきたせいか、それまでの懸念がどこかへ飛ぶようだった。

 こうなれば、後は単なる勝負である。持ち掛けた側として、年上の尊厳を賭けて……


(いや、やっぱ厳しいな……)



 銃撃戦を数セット繰り返した後、春樹は缶のスポドリを持ってきた。壁に背を預けて座る真希へ一本。


「ありがとう、立川さん」

「負けた側だからね、これぐらいは……」


 戦果は真希の側が圧勝であった。被弾判定は自己申告。それでも、お互いに勝負には誠実に臨み、疑いようのない結果であった。

 一糸報いる程度の、春樹としてはやや残念な結果に終わったが、彼の中には心地よい疲労感がある。


 しかし、戦いはこれからだ。お遊びが終わり、二人並んで壁に背を預ける今、話を持ち掛けられそうな空気がある。

 というより、言われなければ、切り出そうとも考えているところだ。缶を開け、冷えた液体を口に含み、様子とタイミングをうかがう春樹。

 すると、彼にとっては幸いなことに、真希の側から話を切り出した。


「立川さん、ありがと」

「どういたしまして」

「……ちょっと重い話、いい?」

「最初っからそのつもりだよ」


 ただ、そうは答えた彼だが、少し冗談めかして言葉を足した。


「こう見えて、連敗でヘこんでるから、その辺はちょっと優しくしてほしいかな」

「はいはい」


 話半分にあしらう真希は、少し柔らかな表情になっていたが、その顔が少しずつ曇っていく。やがて、彼女は口を開いた。


「お父さんとお母さんさ……死んだの、爆弾とかじゃなくって、銃なんだってさ。いや、小銃っていうのかな? いわゆる、ライフルって奴で……」

「そっか」

「違うってわかってても……それとこれとは訳が違うって言い聞かせても、手が震えちゃうんだ……」


 真希が言葉を切ると、いたたまれない沈黙が訪れた。傍らの真希に目を向けると、体育座りの彼女は両脚に顔をうずめるようにうなだれている。


「……私、おかしいのかな?」

「そうは思わない。割り切れない部分があったって、君が悪いんじゃない」

「ホント?」

「本当」


 顔を向けてきた真希をまっすぐ見つめて、春樹は言葉を返した。すると、彼女の目にはうっすらと揺れるものが現れ、彼女はそれを指でスッと拭った。

 すぐに、透き通った目が戻ってきたが、拭われたものにこそ春樹は切なさを覚えた。


「立川さん、救星軍的には、どうなの?」

「どうって……まぁ、気にするよなぁ」

「うん」


 責任感や使命感に溢れる彼女のことだ。自分の立ち位置に対してどう振る舞いうべきか、気にかかることだろう。

 春樹は、このか弱いところもしっかりある勇者を前に……優しくするよりもまず、誠実であることを選んだ。


「現状ではこのままでいい。君に射撃してもらうような必要性はない。ただ、このままが続くなんて、誰も考えちゃいない。今後、どうなるかわからない中で、君が撃てることになること自体は……かなり意味があることだ」

「……うん、だいたい、そういう感じだと思ってた」

「君に苦手分野を任せたり、それを克服させたり……そういう必要が生じる時点で、組織としては失敗してるし負けてるとも思うけどね。そうならないように、組織としては努力する。ただ、絶対の約束にはならない。ごめん」

「うん」

「ただ……銃に嫌悪感があったって、別におかしくはないんだ。相手がクラゲ野郎だろうと、正気を保って構えられる人の方が少ないんだ。君は本当によくやってると思う……このことで君を非難する奴がいたら、そいつとは僕が戦う」


 まっすぐな思いを口にすると、真希はそれを真顔で受け止めた後、表情を綻ばせた。そんな彼女に、春樹は言葉を重ねていく。


「とりあえず、克服しようとか、そういうことは考えなくていいと思う。ただ……撃てた方が連中相手には有利ではある。それに……町田さんの方がうまくて悔しいとか、そういう気持ちがあるなら、ちょっと練習するのもいいかもしれない」

「わかった」

「ま、訓練として必須メニューにすることはないから……個人的に引っかかる部分があるなら、止めはしないって程度かな」

「うん」


 真希の受け応えは短い。話をきちんと聞いているようではあるが、普段とは違うしおらしい雰囲気に、春樹は違和感を覚えないこともない。

 幸いなことに、真希の気持ちが上向いた感は確か。一方、どことなく居心地の悪いむず痒さを春樹が覚え始めた頃、真希がだしぬけに言った。


「ありがと、立川さん」

「どういたしまして」

「立川さんが世話役で良かった」


 役職冥利に尽きるお褒めの言葉は、役を超えて個人的に向けられたようにも感じられる。それに妙な照れを覚えてしまった春樹は、咳払いとともに言った。


「ちょっと、誤解があると思うんだけど」

「何が?」

「同僚の連中、良いやつばかりだからね。僕じゃなくても、君はきっと満足したと思うよ」

「……ふ~ん?」

「……ま、その中でも、僕が一番いい奴っていう自信はあるけどね」


 すると、真希は彼の脇腹を軽く小突いた。


 すっかり空気が砕けたものになり、お話もこれで終わりかと考えた春樹。夕食まではまだまだ時間があるが、気持ちの上では互いに一区切りといったところ。

 真希も場の空気を察したようで、「よっこいせ」と、あまり似つかわしくない言葉とともに腰を上げた。

 と、その時、春樹の中に一つ思いついたことがあり、彼は真希を引き留めるように口を開いた。


「ちょっといいかな?」

「なに? リベンジのお誘い?」

「いや、それは……また今度にしようか」


 苦笑いで答えた彼は、少し真面目な表情になって、本題を切り出した。


「みんないい奴って話、さっきしたけどさ」

「うん」

「あれは本当なんだ。だから、何か困って僕に悩みを打ち明けた時、もしよければ、他のみんなにも話してみてほしい」

「……えっと、それって、どういう?」

「君がどう思ってるのか、みんな興味はあるみたいだからさ。それに、僕だって完璧じゃないから。相談相手が偏るのは良くないかもしれない。こういう隔絶された環境なら、なおさらね。僕に頼ってくれるのは大歓迎だけど、他のみんなの声も聞いてみて、君なりの答えを見つけてほしいと思う」


 もしかすると、他の奴に世話役の負担を押し付けたいように聞こえたかも――と、内心では心配しながら言った春樹だが、真顔の真希は色々とかみ砕いた上で口を開いた。


「つまり、色んな人と触れ合ってほしい、みたいな?」

「短く言えば……」

「そっか……うん、そうする」


 それから、真希はややイジワルな笑みを浮かべ、今も腰を落とす春樹を覗き込みながら言った。


「私が、他の人と相談してても、寂しく思わないでね?」

「はいはい」


 軽くあしらいつつも、内心では真希のことを可愛らしく思う春樹ではあったが……同時に、口が裂けてもそういう事は言わないようにしようと決めた。でなければ、凄まじく面倒な事態になりそうである。

 なにより、今のこれぐらいの距離感を、彼は好ましく思った。その維持に、たまにハードな悩み相談を持ちかけられることもあるが、笑ってくれるなら安いものだとも。

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