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綺羅星のアストライアー  作者: 紀之貫
第2章 彼女たちの戦争
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第56話 悩み事、いろいろ①

 2支部合同での作戦の翌日も、日課の訓練が行われた。訓練項目に射撃はなく、飛行技術を磨くための訓練だ。


 射撃に手を付けない理由はいくつかある。大きいのは、ライフルを持たせずとも、アストライアーならば固有の役割を持たせられるということだ。ミズチを振るって盾にする有用性は、先の作戦でも示されたとおり。

 他にも理由はある。今から訓練を重ねたとしても、正規兵に追いつくには、アストライアーの操縦性を持ってしても少し高いハードルがある。今や多くの期待が寄せられる中、半端な性能と成果をさらせば、かえって失望につながりかねない。

 それよりは、飛行訓練に注力を……という話だ。


 そして、まだ理由がある。香織と比べても明らかに適性がなく――それ以上に、心理的に抵抗感を覚えているようにさえ見える、真希への配慮だ。

 むしろ、戦術・戦略面を勘案した他の理由は、彼女に案じさせないための、ちょうどいい目くらましだったのあったかも知れない。


 訓練方針を飛行中心へと変えたのは、当初の予定からすれば急な話ではあったが、開発部門は柔軟な対応を示した。

 彼ら、というより主任の吉河は、巨大風船付きのドローンに着目した。射撃の的として用意したそれは、敵を模した的であり……それに武器を持たせれば、なんともそれらしい回避訓練になるではないか。

 この即興で用意された風船部隊は、レーザーポインターでアストライアーを付け狙い、空で追い回し続けた。思いつきで用意したものだけに、避ける側も狙う側も、当初はかなりぎこちない動きをしていたが。


 ともあれ、訓練の区切りとなる昼頃になると、双方はそれと分かる程度の上達を示していた。もともと、回避運動を重視する運用ではなく、あくまで飛行に慣れさせるための訓練。結果としては中々である。

 訓練を終えた二人は、コックピットから降り、いつもどおり記者たちとやり取りを始めた。先日の作戦勝利に加え、今回の訓練も上々。気にかかる雰囲気はなく、見守る春樹は安堵した。


 しかし……取材の切れ目に、真希は春樹に軽く手を振った。


「立川さん」

「どうしました?」

「ちょっと……学校のことで、相談したくて」


 真希の言葉で、甲板上がスッと静かになっていく。やや気まずい感のある空気になったところ、春樹は平常心で切り込んでいく。


「早い方がいいですか? 時間を取らないようであれば、今すぐにでも」

「その方が……お願いします」


 すると、春樹はやや芝居じみた仕草で、記者たちを手で追い立てた。「なんだよぅ」と、もう気心知れた感のある記者からは、憎からぬ感じの不平。

 ぞろぞろと大多数が去っていく中、それでも残ったのは香織と精華。そんな二人に、真希は手のひらを合わせて謝るポーズをとった。


 こうして広い甲板上に二人になり、真希は言った。


「実は、学校の話っていうのは方便で……」

「なんだ。期末が心配だとか、そういう話かと……」

「それもあるけどね」


 苦笑いで答える真希だが、彼女はすぐに、やや曇った感のある真顔になった。


「私さ、射撃が……割とどうしようもないじゃない」

「気にすることでも……って言っても、逆効果かな?」

「まぁね」


 話題としては重いものだが、春樹に対して真希は、どことなく柔らかな表情を向けて信頼の念を示した。こうなると、春樹としてはかえってプレッシャーのようなものがあるのだが……意を決し、彼は尋ねた。


「銃を持つこと自体、抵抗があるのかな」

「……たぶんね」

「そっか。ま、何か考えておくよ。お昼食べに行こう」

「うん」


 短い相談を終え、しんみりした空気の中を歩いていく二人。

――いや、甲板の上は、中々に暑苦しいのだが。辟易(へきえき)する空気に、ムードが長続きしなくなった春樹は、真希に話を持ちかけた。


「みんな向けの口実、どうする? やっぱり、期末テストの件でいいんじゃないかと思うんだけど」

「う、うーん。今使っちゃっていいのかなって気も……」

「どんだけ相談したいのさ」

「イヤ?」


 問われて春樹は、傍らの少女に目を向けた。まっすぐな視線を向ける彼女は、少しばかり唇が、イタズラっぽく笑っているようにも見えて――


「ま、仕事なんでね」

「ドライだなぁ」

「はいはい」


 まとわりつくような熱気をうんざりと手で払いつつ、春樹は適当に返した。



 翌日。今日は訓練がない休養日である。真希にとっては、テレビ授業で学校に触れる絶好の機会である。これで、授業が劇的に面白くなるというミラクルは起きないが……クラスメイトが授業に打ち込む効果はあったそうだ。

 そのため、こういう学業面においても、彼女はちょっとした救世主みたいなものである。


 それはさておき、放課後。ほぼ一日、真希がつきっきりだったということもあってか、いつもよりは雑談に残る級友が少ない。

 実は、真希にとっては、ある意味で都合が良い状況だった。というのも、昼時に春樹から、「暇になったら声を掛けて」と言われていたからだ。

 急を要する重大ごとではないようで、真希は遠隔の学校生活を楽しみながらも、春樹の用事には興味を惹かれていた。

 結局、放課後の雑談は、いつもよりも1時間ほど早くお開きになった。互いに「またね」と明るく言葉を交わし合い、さほど名残惜しさもなくアプリを閉じる格好に。


 そこで真希は、さっそく春樹に連絡をとった。「暇になったよ」と彼に伝えると、彼からは「トレーニングジムに来てほしい」との返答。

 何をするのか検討もつかない真希だが、とりあえずは早足で、その場所へと向かっていった。


 彼女がジムに足を踏み入れると、スーツ姿の春樹が立っていた。彼の他には誰もおらず、完全に二人きりである。

 そして、彼の足元には、プラスチック製の何かが。真希はそれを玩具だと認識した。

 玩具の銃だと。


 人が持つためのサイズではある。しかし、あまりに現物からかけ離れた材質感からか、嫌悪の感情は引き起こされない。むしろ――

 その時、アストライアー搭乗中の自分を思い出した彼女は、撃てない理由を改めて思い知った。


 やや顔が曇りかけた彼女だが、気を取り直して春樹に問いかけた。


「いつの間に調達したの?」

「昨日の昼食後に発注して、今日の昼に届いたんだ」

「運送業者も大変だね……」

「実際には、訓練休暇日の納入に、うまくねじ込んだ感じかな。ほら、甲板が空いてるからさ」

「なるほどね~」


 真希がここに来てから、まだ1ヶ月も経っていない。体感としては、それ以上に過ごしたと思うくらいに濃密な日々だが……知らないことはまだまだ多い。機密云々ではなく、単に生活の周りに関しても。

 関心を持って話を聞いていた真希に、柔らかな笑みを向けている春樹は、少し間を開けて調達物資の言及を初めた。


「見ての通り、これは玩具の銃で……弾はウレタン製なんだ。ダーツっていうんだけど」

「当たっても痛くない感じ?」

「みたいだね。ゴーグルつければ、まず安全なんじゃないかな」


 真希は地面に置かれたそれらに視線を向けた。ややあって、その目を上に上げたところ、春樹が無言でうなずいた。

 そこで、静かに腰を落として手にとって見る真希。玩具の銃は両手で構えるタイプのもので、見た目よりは少し重い。“いかにも“な凹凸の存在が、実銃ともまた違う、それらしいガジェット感を演出している。

 そして彼女は、銃口の前に自分の手をあてがい、引き金を引いてみた。手のひらに細長い円筒状の弾が着弾。しかし……


(みんなのデコピンの方が、ずっと威力があるかな~)


 とまぁ、その程度の攻撃力である。

 その後、彼女はふと思いつき、銃口から左手を離してみた。距離にして15cmほど。人差し指と中指を軽く広げ、その間へ弾が――


「それ、反則じゃないかなぁ……」


 放たれた弾は、二本の指でしっかりと掴まれている。その弾を装填し直しつつ、真希は春樹の顔を見ずに尋ねた。


「反則ってことはさ……なんか、その、勝負しようみたいな?」

「的当てでもいいけどね。でもまぁ、こういう慣れも必要なのかも知れないし……」


 春樹の言葉が耳に届くと、真希は手にした銃が、少し重く感じられるような気がした。

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