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綺羅星のアストライアー  作者: 紀之貫
第2章 彼女たちの戦争
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第55話 共同作戦②

 レーダー表示により敵が交戦域に入ったことを知り、真希の手に思わず力が入る。

 敵第一波の陣容は7体。後続に、おそらく数分後接敵と思われる第二波で10体。衛星誘導で中途半端に千切れたというより、一度分断された群れが、再び引き合って中途半端に結びついた格好である。

 この連戦において、まずは敵が少ない一波をしのがないことには、話にもならない。

 しかし、たかだか7体の群れでも、人類が対峙するのは初めてと言っていい規模だ。横に居並ぶ巨大な敵の戦列が、距離を隔ててもなお、見る者に強い緊張を抱かせる。7つの赤い目が宙に瞬き、対峙する救星軍をにらみつけている。

 敵を前に、ミズチを展開して構えると、それがまた事態の進展を告げるようで、真希は固唾を飲んだ。


 そして――先に救星軍の銃口が火を噴いた。設計上、敵の想定射程をどうにか上回る電磁加速ライフルから、弾丸が一斉に放たれる。次いで冷却機構が作動、ライフルを中心に白い霞が立ち込めていく。

 射撃担当5機に対し、的中数は、2。救星軍側は、訓練を重ねたとはいえ、新兵も同然。初戦闘ゆえの緊張、はたまた、この戦いの持つ意味合いが心を乱したのか。それとも単に、この距離での射撃戦が、人類の性能限界に過ぎないのか。

 結果に絡む原因は様々だろう。関わる者たちは、それを考えずにはいられなかっただろうが、それらの思考はすぐさま、次の事態でかき消されていく。先手を奪われたAIMの側から、すぐさま反撃が放たれた。


 放たれた光線は、真希が操る水のカーテンに突き刺さり、激しく蒸発させていく。数本の熱線照射が襲い掛かるも、十分な距離を隔ててすでに減衰したのか、機体へ到達するほどの威力は残っていない。

 だが、全ての敵が同様に、最前列の盾を狙ったわけではなかった。立ち込める濃厚な白い霧の中、自機を狙わずに飛んでいく光線が一本。その赤い線を認め、真希の全身に悪寒が走る。

 彼女が抱いた予感は、すぐに現実のものとなった。


『一機被弾!』


 空母に控えるオペレーターの声がコックピット内に響き、モニター上でも、被害機の状況が表示された。表示によれば、損傷個所は右腕。攻撃に支障はあろうが、後続機もある。

 しかし真希の胸中には――


「真希ちゃん、そのままで」

「……うん」


 胸裏に広がりかけた暗雲を、香織の声がピシャリと追い払う。それでもまだ足りぬと言うように、彼女は堂々とした声で続けた。


「こちらで4体分受け止めてるから、みなさんもきっとやりやすいと思うわ」

「……うん、そうだね」

「できてないことばかり気にしちゃダメよ。期末テストならともかくね」


 それでも、真希の心中に影差す部分はあるが……励ましてくれる香織の存在を、真希は心の底からありがたく思った。


 双方の射撃には、クールタイムが存在する。発射間隔は救星軍側の方が短く、アストライアーが攻撃を吸っている間に、第2射が行われた。

 今度の的中は3射。この結果について、空母に控える吉河から通信が入った。


『集団戦だと視界不良の影響が強いね。わかっていたことではあるんだけど、改良するにも実戦データは必要なんだよな』

『……もう少し、水が散らばらないように振った方がいいですか?』

『いや、そのままで。これ見よがしにやるくらいでいいよ。なあ、立川君』


 話を振られた春樹は、すぐに『はい』と応じ、改めて真希へ指示を飛ばした。


『防御はそのまま継続。後続がすでに距離を取りつつあるけど、君は敵の攻撃が切れるまで耐えてくれ。攻撃の切れ目になったところで、後ろへ引いて、陣を構えなおそう』

「わかった」


 攻撃を続けてしのぎ切るだけであれば、今の真希には造作もないことだ。飛行しつつのミズチ使用も、ハワイでの決戦を思えば大した仕事ではない。

 やがて敵の光線が切れて隙ができると、真希は指示通りに後方へと退いた。


 ただ、待っていた救星軍側も、そのまま待ちぼうけだったというわけではない。射撃担当機の内、注意深く距離を徐々に詰めていった両翼の2機から、弾丸が放たれる。

 それらの弾は、攻撃の切れ目に距離を取ろうとする2体のコスモゾアを捉えて撃滅した。


 第一波は首尾よく撃退に成功。救星軍は陣形の入れ替えを行い、敵群第2波に備えていく。

 ここまでの損害は軽微。うまくやり切ったものの、次の敵は先よりも多い。次を前にして心臓が高鳴る真希は、目を閉じて深呼吸を繰り返した。

 と、そこで香織が口を開く。


「真希ちゃん、私たちが前に出れば、その分だけ攻撃を引き寄せられると思うけど……」

「えっ?」

「どうしてもっていうなら、私は付き合うつもり。でも、やらなくても大丈夫とも思う」

「……うん」

「私たちが無傷で耐えしのぐのも、きっと大切な仕事だから、ね?」


 もう少し前に出れば……とは、真希が実際に考えていたことであった。何も、レーダーではっきりとわかるほどでなくてもいい。少しでも前へ――先ほど以上の攻撃にさらされようとも、それをしのぎ切る自信はあった。

 だが、それを見抜かれ釘を刺され、その上でこれまでの動きぶりを認められ……真希の中に、恥ずかしさとともに、香織への感謝が湧き出した。

 一緒にいて、理解してくれていること、支えていてくれていることに。

 アストライアーが、攻撃を受けつつも無傷でいること、僚機のヴァリアントたちに本来の仕事をさせること。それらの意味を、理解しない真希ではない。


 だからこそ、彼女は改めて覚悟を決めた。後方の味方へ流れる弾があろうとも、振り向きもせずに不動で構える盾になろうと。

 必要があれば指示は出る。仲間が撃たれようと、そのままでいるわけはない。大破に至らないように損傷を留め、敵にはそれ以上の打撃を与える。

 そう信じることが、誰かとともに戦うということだ。コックピットの外にも、信頼の手はつながっている。



『順調ですね、お嬢』とセラが言うと、やや遅れて精華は「そうね」と答えた。

 救星軍側は盾役1機、射撃役5機、待機4機、損害1機。対するAIMは10体で始まった第2波との戦闘。1体2でも対応できる設計構想のヴァリアントからすれば、単純な比の上では勝てる戦いだ。

 実際には、想定以上に好調な推移を見せた。敵の攻撃の半分以上をアストライアーが吸い続けているおかげで、友軍機の損傷をかなり抑えられている。

 戦闘開始から何発かやり取りがなされ、敵7体撃墜に対し、救星軍側の追加被害は1機。それも、腕から受けるというセオリーを守っているおかげで、大事には至っていない。その気になれば片手での射撃に移行できる程度の損傷だ。

 被害機が予備と入れ替わったことで、戦力比は、アストライアー込みで3対6。明らかに優勢である。


 それでも、事が終わるまで安心しない精華は、戦いが終わるまで静かに見守り続けた。そんな彼女へ、セラが話しかけていく。


『出撃したかったですか?』

「迷惑になるわ。他の方にも、経験を積んでいただかないと」

『個人的な感情として、ですよ』


 すると、精華は長く息を吐いた後、「そうね」とつぶやいた。

 視界の向こうでは、今でもアストライアーが、僚機の盾として攻撃を受け止め続けている。その背後に控える仲間たちが、ライフルのクールダウンを待ち――


『見て待つのもお仕事ですよ』

「わかってる」

『ホントかな~?』


 やたらと含みのある相方の言葉に、精華は自嘲気味な笑みを浮かべて答えた。

 緊張感を持って見守り続けた精華だが、事態は最後まで順当に推移した。油断を晒す友軍でもなく、彼らはきっちりと敵を仕留め切り、総勢17体の敵群に対し、損害2機で戦闘を終えることができた。

 機体設計上、多少の被害は織り込み済みであり、修理すれば数日の間にも戦線復帰できることだろう。


 今回の勝利は、救星軍としてはこれまで以上の戦果であり、アストライアーとの初の共同戦闘でもある。新たなステップをまた一段といったところである。が……


『お嬢、心拍が少し上がってますね』

「そう」

『ちょっと上がって65ぐらいです。終わってから上がるってのも変な人ですね』

「あなたのが伝染したのよ」


 戦場から母艦へ戻る途上、精華は実際、普段よりもドキドキしていた。彼女に対し、この世で一番遠慮のない存在が、その理由を探りにかかる。


『動いてないのにインタビューされる可能性を思うと、恥ずかしいから?』

「それもあるわ」

『それだけじゃないっぽいですけどね。アストライアーのことが気になります?」

「あなたはどうなの」


 問われた精華は矛先を返させ、逆に問いかけた。モニターの視界の端では、日を受ける純白の機体が飛んでいるところだ。


『まあ、手合わせしてみたいですね」

「へえ」

『麻雀ですけど』


 思わぬ回答に気が抜けた精華は、呆気に取られてから苦笑いを浮かべた。


 やがて、日本支部の2機は、ほぼ同時に同じ甲板へ立った。コックピットから出てきたのもほぼ同時。たかだかその程度のことだが、待っている側には何か印象深いものがあったようで、大きく盛り上がっている。

 そういった高揚感の中、落ち着いた表情の下に感情を隠す精華としては、気が気ではなかった。

 彼女は待っていた関係者一同に軽く手を振りつつ、彼らの視界が向く先をそれとなく、それでいて注意深く探った。

 やはりというべきか、戦いの立役者である真希と香織に多くの目が向いている。その流れに寄り添うように、精華は二人へと視線を向けていく。


 期待通り、香織は平静な様子でいる。その立ち居振る舞いに、精華は安堵と感謝の念を覚えた。

 香織の傍らにいる真希も、思っていたよりはずっと普通にしている。僚機の被害を気に留めるのではないかと、精華としては不安だったのだが。

 こうなると、後は精華自身の問題である。この場の流れ次第だが、真希が話かけてこなければ……


 というわけにもいかなかった。精華を見つけた真希が、揚々とした感情をあらわに手を振ってくる。

 精華を先輩格と認め、人懐っこく接してくれる真希の有り様に、精華は嬉しく思う反面で、後ろ髪を引く暗い感情を覚えてもいた。

 精華は、何か当たり障りのないことを……と考え、しかし言葉を用意したとて、真希との会話にそぐわなければ意味がなく……平静を装いつつも、その内面は嵐のようにかき回された。

 朗らかな年下の子を相手に、このありさまの自分を思い、暗澹(あんたん)とした思いに一層の暗雲が立ち込める。


「精華さん、大丈夫?」

「いえ……見ているだけでしたから、何を言ったものかと」


 精華の言に、真希は納得した様子でいる。深く突っ込んでこないようで、彼女は人知れず安心し、次に向けられる言葉に集中した。


「私、どうでした?」

「どうって……」


 自信ありげな笑みを浮かべて問いかけられ、精華はこの戦いを前にして真希が抱いていた悩みが、きっと解消されたのだと感じた。それはとても好ましく、歓迎すべきことであり――


「カッコ良かったですよ」


 精華が口にした言葉に、真希は嬉しそうに、はにかんだ。

 その姿が、精華にはどこまでもまぶしく感じられた。自分の中に潜む闇を、思わず意識してしまいそうになるほどに。

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