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綺羅星のアストライアー  作者: 紀之貫
第2章 彼女たちの戦争
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第54話 共同作戦①

 洋上への敵誘導と撃退の初成功以降、他の支部も同様の成果をあげていった。

 何も、北大西洋支部に触発されたからというわけではない。一般市民からしてみれば、近しい位置へと敵が降下するのは恐ろしいことだが、近場の救星軍支部が成果を挙げないというのも困る。いざというときに守ってもらえるかどうか、そんな不安を抱かされるからだ。

 他方、すでに戦果の上っている支部に縁のある者からすれば、他所でも同様の戦果を上げてもらいたいところだ。敵を適切に分散することで、効果的かっ継続的に敵を削っていくというのが、救星軍発表の戦略なのだから。

 そして政治家たちは、自国への影響が少ないか、せめて平等であることを、一般市民以上に強く願っている。

 となれば、救星軍として取るべき道は、もはや一つしかないわけだ。


 とはいえ、アストライアーと最初のヴァリアントを有する日本支部。加えて、日本支部と関係の近い北太平洋支部へ寄せられるものは特別である。より大きな戦果を――とまではいかないものの、その雄姿に期待がかかるところは大きい。

 各支部の足並みをそろえたいという意向もあり、救星軍初戦果から1週間後、日本支部と北太平洋支部の合同作戦が実施される運びとなった。


 その前夜。真希は級友たちを前に、出撃前の雑談を楽しんでいた。


『マッキー、大丈夫?』

「大丈夫だって。味方に対し、敵の数が少ないって話だったでしょ?」


 事前の発表では、人類側総勢11機に対し、敵は全部で17体になるという話だ。

 日本支部というエースを駆りながら、戦力を多めに出すのは、実戦的な陣形研究と多くのパイロットに実戦の空気を経験させるためと発表されている。パイロットの腕次第ではあるが、1機につき2体までなら余裕を持って対処できるという触れ込みであり、ここまでの戦果もそれを証明している。

 そういった点について、真希のクラスメイトたちが知らぬはずもないのだが……彼らは一様に不安そうだ。

 その原因は、実は真希の側にあった。


『なんかさ、高原の方が不安そうに見える……』

「そ、そう?」

『心配事あったら言ってみ?いやさ、こっちでは大したことできんけど』

「ちょっとお」


 そうして軽く笑い合ったところで、真希は胸中の不安を打ち明けた。


「私さ、射撃が全然ダメで。当たらないんだ」

『ムチは得意なのに……』

「いや、そうだけどさ……ムチのことは置いといて、ね?」


 画面の向こうでは、他の生徒に気づかれないよう、ひっそりとニヤニヤする者も。そういった連中に軽く釘差すような目を向けた後、真希は言った。


「スケジュール的に厳しいところもあって、撃てなくてもいいからって話なんだけど……迷惑だったり、期待外れだったりしたら、そう思っちゃって」

『気にしすぎじゃない?』

「そうかな?」

『まー、私たちは真希の味方だし、心広くて懐深くて』

「はいはい」


 軽い調子の自画自賛をあしらう真希だが、その後で彼女は「ありがとね」と伝えた。


「ま、無茶しない程度には、何かがんばるよ」

『その意気その意気」

「じゃ、また明日ね」


 通話を切った真希は、背を思いっきりイスに預け、後方に反って天井を仰いだ。新築の天井にはシミひとつなく、暖色の照明が優しく照らしている。

 明日のことを思うと、彼女はやはり不安でならなかった。

 自分の立ち位置という物を、彼女はよく理解している。ともに戦う救星軍の人間ともなれば、当然のことながら、彼女への配慮という物はあるだろう。

 だとしても、彼らの立場ならではの、真希への想いもきっとあるだろう。ハワイの戦いにおいて、真希はそれを深く痛感していた。


 しかし……部屋にこもって一人考え込んだのでは、それこそ色々な人に本当に迷惑だろう。顔を合わせることに若干の恥ずかしさや抵抗を覚えつつも、真希は立ち上がって部屋を出た。



 翌日。現地時刻においてはおおよそ10時ごろ。北大西洋管区内でも複数あるポイントの一つに、今作戦に関わる部隊が集結した。アストライアーに加え、ヴァリアント10機。戦闘の観測及び非常時の援護用に艦艇がいくつか。さらに、機体運用のための空母が、米国の払い下げ含む3隻。

 長期戦略上は序の口の戦いではあるが、対AIM戦で繰り出す戦力としては、現状で最大規模である。


 この壮観な陣容に、とりわけ目立つ立場にある真希は、思わず息を呑んだ。

 作戦開始までは、まだまだ時間がある。そのおさらいにということで、空母から見守る春樹が、コックピットの二人に話しかけた。


『動きは覚えていると思うけど、念のために復習しよう』

「うん」


 周囲に人がいないのか、あるいは理解がある者ばかりなのか、春樹の口調は砕けたものだ。そのことを(良かった~)と思った真希は、少し遅れてそんな自分を認識し、何故だか恥ずかしさを覚えた。

 彼に対し、"そういう"意識をしているわけではないのだが。


 そんな真希の状況を知ってか知らずか、ステラがモニターに各種の映像を展開していく。洋上の空における、双方の布陣図だ。春樹の側も同じものを見ており、これを元に直前のブリーフィングが始まった。


『接近中の敵は、現在の配置から考えて、画面の通りにやや散った2つの群れになって来ると想定されている。そこで、想定通りに敵が2部隊であればA、固まっていればBのパターンで動いていく』

「わかった」

『実際には、こちらからどのパターンで行くか明言するから、君らの方でそれを判断しなくてもいいけどね。それぞれのパターンの意図を知ってもらえれば、それでいいよ』


 そこで、2パターンの陣形のおさらいが始まった。

 敵が分割された際に用いるAの陣形では、散開する敵と向かい合うように、少し狭めの扇形で陣を張る。また、ヴァリアント部隊は2つに分け、前列と後列という形で展開。敵への射撃は前列が行う。

 2列に分けるのは、万一の際にバックアップを容易にするためというのが一つ。もう一つは、分割した敵小集団との交戦の切れ目を活かし、列ごと交代することで、できる限りの兵に無理なく実戦を経験させるためだ。

 様々な理由から、救星軍として好ましいのはAパターンの方だ。一方、Bパターンにおいては、敵集団を広く包囲する形をとる。

 敵が多いことから、もしも敵から手中砲火を受けるようなことがあった場合、こちらから犠牲が出かねない。そのため、不確定要素を減らすための速戦即決を志向し、包囲から一気呵成に叩いていくという構えだ。

 そして、いずれの場合においても、アストライアーは最前列に身を置くこととなる。当初の予定においては、万一の事態に備えてという名目での予備戦力、実質的には味方のための旗印というところであったが……


『高原さんは、最前列でミズチを振り、敵の攻撃を引きつけつつ防御……いけるね?』

「うん」


 真希の希望と、それを受け入れた香織の推薦もあり、アストライアーは盾として参加する運びとなった。

 この変更について、北大西洋支部は快諾した。強烈な攻撃に対し、アストライアーが耐え忍んできたというのは周知の事実。真希たちが果敢にも前衛の任を担い、後続のリスクを軽減してくれるのならば、願ってもないことである。

 となれば、後は彼女本人の問題だ。


 おさらいを済ませてもまだ、作戦開始には時間がある。そこで春樹は、誘導用の基材について解説を始めた。モニターには洋上に浮かぶ大型のブイが表示される。


『これが、空に向けて指向性のある大出力の電波を飛ばしてね。敵に向けた灯台みたいなもんかな』

「へ~、こういうのがいくつもあるの?」

『ああ。日本支部にもあるよ。あまり使わないだろうけどね』

「呼び名とかは?」

『単に洋上ビーコンだよ。ただ、設置地点ごとに、担当支部が名前を付けてるね。太陽神とか、空の神様の名前で。日本支部のは、開発時の名称でアマテラスとか呼んでたみたいだけど』

「ふ~ん」


 返事をした真希は、数秒してから後ろを振り向き、香織に笑顔を向けて話を振った。


「先生的には、どう思う?」

「えっ?」

「ネーミングについて!」


 名前を付けるという点においては、香織が一家言もちといった風である。いつの間にやら固まりつつあるその役回りを、控えめなところもある香織は、意外と自然に受け入れている。

 顎に手を当て、上の方に視線を向けて考え込んだ彼女は、少ししてから自身の見解を口にした。


「アマテラスと言っても、出てくるのは可視光じゃないですよね?』

『まぁ、人間の目には無色透明ですね』

「あまり、照ってる感じはないかも……でも、こちらが籠もってる側と思えば、天岩戸(あまのいわと)なのかも?」

『どうでしょうね、天照がおびき寄せる側ってのも……開発部の連中、あまりそういうこと考えてなさそうですが……今後、何か機会があれば、連中と一緒に食事でもしましょうか』

「そうですね。真希ちゃんも」

「もっちろん。ステラもね」

『私は食べませんけどね』


 そうして会話している間にも時間は過ぎていき、敵との接触想定まで残り5分となった。もうそろそろということで、春樹の方から通信の締めが。


『現場の判断や感覚は尊重するけど、指示は聞くようにね』

「了解」

『高原さんが動かしている間、町田さんは、こちらとのやり取りをお願いします。指示に対し、何か意見があればと』

「わかりました」

『あとは……そうだな。高原さん』

「まだ何かあった?」

『がんばれ」


 短い激励の言葉に、真希は目を閉じ、やや間を空けて「うん」と答えた。



 一方、同じ戦場に立つ精華は、真希たちの会話を耳にしていた。

 早い話が盗聴だが、香織と春樹が相談した上で、ステラと精華が承諾してのことである。もしかすると、頑張りすきるかもしれないとの懸念や、真希へのサポート等を考慮しての措置だが……

 今の所、真希に妙な気負いの気配は感じられない。精華は安堵のため息を漏らした。

 もっとも、精華自身、色々と悩みや心配事は尽きない身ではあるが。


 陣形最前列のアストライアーは、隊列最後尾の予備戦力である精華からも良く見えた。その雄姿は、多くの者に勇気と安心を与えるであろうが……精華にとっては、また違う感情を引き起こした。間近に迫る戦闘を前に、その場に似つかわしくないセンチメンタルな思いで顔を曇らせていく。

 もちろん、このまま戦いに臨む彼女ではない。意識的に気持ちを切り替え――ようとしたところ、彼女の相方が先手を打った。


『お嬢、そろそろですよ』

「ええ、わかってる」

『我々は見てるだけですけどね』


 試験機用のAIは、少女とも少年ともつかない不思議な声で、どことなく残念そうに言った。名はセイリオスというが、精華はセラと呼び、開発部員はまた別に好き勝手呼んでいる。

 セラはその後、モニター上でいくつかのシミュレーションを展開していった。


 この試験機――というより、精華が出る状況というのは、よっぽどである。総戦力的に無理なく敵群を撃退できるという想定が外れ、介入を余儀なくされる場合なのだから。

 長い目で見れば、この戦いも訓練課程に過ぎない。精華が他の者の経験を奪う事態にならなければ、幸いである。だが……


(でも、私だって、完璧には程遠い……)


 彼女の前に、超えるべき山はいくらでもある。それぞれに違う名のついた障害が。

 すると、セラが彼女に話しかけた。


「たま~に、ボクの方がお嬢より人間っぽく思える時があって』

「たまに?」

『あ、今のは人間っぽいですよ』


 そういって笑うセラの声に、精華はひきつった笑みを浮かべた。


『お嬢って、バイタルに動きがほとんどないんで。心拍だいたい50じゃないですか。ボクの方が、ワクワクドキドキしてるんじゃあるまいかと』

「あなた、まだまだ幼いもの」

『そーゆー問題ですかねえ?」

「……あなたと話してると、リラックスしてるとは思うわ」


 その後、精華は長く息を吐き出し、「ありがとう」と言った。その言葉に、セラは鼻を鳴らすような声を出して、精華の笑みを誘った。


 それから少しして、敵の接近を知らせるアラームが。同時に、モ二ター上に敵分布が表示されていく。

 想定通りAパターンだ。この好都合なパターンを引いたおかげか、精華は落ち着き払った様子を保っている。

 しかし、そんな彼女も、アストライアーの姿が視界に入ると、ほんの少し心拍が上がった。

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