第52話 射撃訓練①
機体を含んでの飛行試験を始めて3日。少しずつ飛行経験を積んでいく真希と香織。
一方、世界では記念すべき重大事が起きていた。救世軍北大西洋支部において、電波による洋上への敵誘導と、その撃退に成功したという。その際、誘い込んで倒したコスモゾアの数は3体。まだまだ宇宙に控える数の前には、誤差程度の数である。
しかしながら、世間一般の反応は、そのような冷ややかで斜に構えたものではなかった。人類の技術により、敵を誘導して撃滅する。その実証がなされ、映像という形で衆目に公表されたのである。
――これから人類が歩んでいく、長大な道の第一歩。輝かしき結果が残された一方、にわかに忙しくなる立場の人間もいる。救世軍の他の支部においては、今回の結果を受け、担当エリア向けに解説等で奔走しているところだ。
日本支部に至っては、技術面で救星軍全体を統括する立場ということもあり、なおのこと忙しい。本土職員が報道番組にも駆り出される状況だ。
6月11日、18時半頃。各種トレーニングを終え、級友との雑談も済んだ真希は、夕食前に動画サイトをハシゴしていた。
もっとも、救星軍に関しては、どのサイトも似たようなものである。適当なサイトに落ち着けた真希は、昼に放映されたニュース番組のタイムシフト再生を始めた。
番組には、救星軍から広報関係と開発関係の担当者が出演している。番組はだいたい、北大西洋支部の発表をおさらいしつつ、当たり障りのない話題で進行していった。
が、中々鋭い質問が投げ込まれる一幕も。
『今回、洋上まで敵の誘導に成功しましたが、これを久里浜の一件と関連付ける声もあります。これについて、救星軍日本支部としての見解は?』
この質問に対し、広報と開発は、それぞれ別の回答を口にした。
『あの時、あえて呼び込んだという事実はありません。今だからこそ申し上げますが、ヴァリアントのお披露目と敵の初襲来を同時に……という計画がありました。逆に言えば、用意が整わない内から誘う理由はありません』
『久里浜の件は偶発的なものです。ただ、横須賀駐留部隊と日本支部が、比較的近しい協力関係にあったのは幸いでした。そのおかげで、艦艇でもある程度の対応ができましたから』
『なるほど。では、久里浜を中心として電波障害に見舞われた件については、いかがでしょうか』
『原因として、コスモゾア同士の電波放出によるものが一つ。また、洋上まで降りてしまった敵を誘導するため、囮の艦艇から強力な電波を放出したというのが一つ。結果として電波障害が生じましたが、これはある意味では、必要なことではなかったかと思われます』
『といいますと?』
『陸側で飛び交う電波に釣られ、あの時の敵がそちらへ向かう可能性が、全くないわけではありませんでしたので。障害によって電波利用者が減ったのは、当時のリスクを軽減できたのではないかと。今後の敵誘導を陸地から離れた洋上で行うのも、そういった事情を考慮してのことです』
『なるほど』
救星軍に対して鋭い疑問を投げかけた司会者も、この説明には合点がいったようだ。ただ、救星軍広報としては思うところあるらしく、カメラに向かって頭を下げた。
『情報面の戦略上、当時は明かせない情報が多く……しかし、そのために多大な混乱を招いたことにつきましては、この場を借りて深くお詫び申し上げます』
そこで真希は、あの戦いの後のことを思い出した。事が終わってからも、既存の公的機関は、警察を中心にかなり忙しそうだった。あの時、どこまで話が通っていたかは定かではないが……
と、その時、ノートPCに一つの通知が入った。テレビ会議アプリのものだ。さっそく開いてみた真希は、画面の向こうの相手に朗らかな笑顔を見せた。
「じーちゃん、どうかしたの?」
「たまにはこっちでと思ってな」
この二人のやり取りは、基本的に文面か、たまに電話である。テレビ会議とはいえ、顔を突き合わせて話すのは、真希がこちらへ移って以来初めてのことだ。
祖父の方からつないできたことに対し、懐かしさとともに嬉しさを禁じ得ない真希ではあったが……彼女は照れ隠しのように、やや意地悪く微笑んだ。
「顔が見たくなったら、毎日でもいいんだよ?」
『いや、別にそこまでは……』
真顔で返された真希だが、この反応自体はある程度読めていた。変わらない祖父に安心し、自然と表情がほぐれる真希に、圭一郎も合わせて柔らかな笑みを浮かべていった。
ただ、彼の側からは、改まった要件があるようだ。彼は表情を引き締めて言った。
『真希、あの守屋のお嬢さんとは、顔を合わせたか?』
「そりゃ会ってるけど……どうして?」
『いや……うまく付き合っていくようにと、それだけ言いたくてな』
もっとも、話は″それだけ″で終わらない。彼は少し間を置いてから口を開いた。
『あのお嬢さんが、お前の仲間になるわけだからな。お互いの立場柄、うまくいかないこともあるかもしれないが……まぁ、うまくやることだ。お前ならなんとかなる……たぶん』
「うーん、なんだかナー」
『褒めてるだろうが、一応』
「余計な一言付けるのやめない?」
『目のつくところにいないと、どうしてもな。とはいえ、元気そうで何よりだ。寂しくなったら、いつでもかけなさい』
「そっちこそ」
『口が減らんな、まったく……』
そういう圭一郎は、しかし、口にした言葉よりもよほど安心したようだ。微笑みのまま『またかける』と言って通話を切った。
☆
翌日12日、朝9時。日本支部拠点会議室にて。北大西洋での成功を受け、他の支部でも盛り上がりを見せる中、こちらはずいぶんと落ち着いたものだった。
もちろん、遠い海の同胞の活躍を喜ばないわけではないが……支部設立当初から、他とは違う役割を担っている。それを体現するかのように、吉河博士は変わらないテンションで口を開いた。
「今日は、射撃試験を行う」
「射撃というと……」
「ヴァリアントで使うライフルを、アストライアーでも使えるようにしていく。独自の強みがあるのはもちろん重要だが、他と似たようなことができるというのも、運用の上では強みになるというわけでね」
とはいえ、破壊力のある実弾を、さっそく女子高生の手に委ねようというわけではない。その辺りの段取りはきちんと認識している――
というより、むしろ腕の見せどころであろう。今回の演習について吉河はスクリーンに映し出した画像を元に解説を始めた。
まず、アストライアーには、救星軍制式採用ライフルの模型を持たせる。実物大で実物相当の重量だがだが、弾が出ないモデルだ。ただ、銃口はレーザーサイトになっており、トリガーを引けば弱いレーザーが放たれる。それも、ごく短いパルス状のレーザーで、”次弾”発射までの間隔は正式版を再現している。
つまり、反動が出ない等の差異を除けば、的を撃った気分になれるライフルもどきだ。
模擬銃で狙うのは、ヘリウムを詰めた巨大な風船だ。この風船にセンサー付きのドローンを合体させ、的としての大きさとある程度の操作性を確保する。
この的に対して、ライフルもどきが短いレーザーを放ち――ドローン搭載のセンサーが撃たれたと判定したなら、風船内部に仕込んだランプが点灯。白い風船が内から赤に染まり、当たったことを示す。
つまり、風船を膨らませるためのガス等を除けば、機材的には大きな消耗なく訓練を繰り返せるというわけだ。
「ただ、敵の大きさを本気で再現しようものなら、風船も非常に大きくなってしまう。そこで、銃の有効射程を半減させ、風船も半分の大きさにしてある。実戦さながらってわけじゃないが、練習としては十分だろう」
そうして一通りの解説が終わったところで、話を聞いていた記者の一人が手を挙げた。訓練を受ける二人ではないことに、やや意外そうな表情の吉河。
「どうぞ」
「ライフルは、さすがに1挺ですよね?」
「あー、それはもちろん。いくら訓練を積んでも、お嬢の真似は中々……」
すると、場の視線は、会議室の端っこで話を聞いていた精華の方へ。彼女は急に恥ずかしそうになり、手ぶりで話の次を促した。
とはいえ、ここまで来れば、後は実践あるのみだが。「んじゃまぁ、行きますか」と吉河が口にすると、少しグダついた空気の中、一行がぞろぞろと会議室を後にしていった。
しかし、そんな中……香織は傍らの真希に心配そうな顔を向け、小声で尋ねた。
「大丈夫?」
「えっ?……いきなり、どうかしたの?」
「いえ、一言もしゃべらなかったから……」
「イヤだな~、私って、そんなに騒がしい子じゃないよ?」
そう言って笑顔を作って見せる真希だが……何かを感じ取っているのだろうか。物憂げな香織の顔は晴れない。
「やっぱり、緊張してる? あまりうまくできなくても、大丈夫だからね? きっと、私の方がアレだから……」
困ったような笑みを浮かべる香織。そんな彼女を、真希は真顔でまじまじと見つめた。
「せんせ」
「何?」
「……ありがと」
☆
普段の飛行訓練同様に、一行が甲板へ出ていくと、すでにアストライアーが彼らの到着を待っていた。ステラに翼を覚えてもらうため、今もつけっぱなしである。
そして、機体の周囲には、今回の訓練に用いる各種機材が。すでに膨らませてある巨大な風船と、制御用のドローン。そして模造ライフル。それらを目に、真希は緊張した面持ちになっていく。
やがて、パイロット二人はコックピットに入った。今回も、いつもの訓練通り、真希が先手となる。彼女は不安がかすかに混じる硬い表情で、機体の手を動かした。伸びた先はライフル。右手でグリップを握り、左手で銃身を保持。それだけの動作が、ややぎこちなくはある。
機体が試しにライフルを構える姿勢を取ったところで、外から吉河が真希に呼びかけた。
『照準合わせについては、ステラさん側でやってくれるから、高原さんは腕の感覚に集中すればいいよ』
「わかりました」
『機体を自由に飛ばしながらってのは、まだ考えなくていいからね。高度を維持しつつ、腕で狙って撃っていこう』
吉河の言葉に、少しだけ間をおいて、真希は「はい」とだけ答えた。
それから、真希は機体を離陸させた。甲板上を離れ、海の上へと機体を向かわせる。機体が定位置に着くと、今度は風船部隊が動き出した。巨大な風船が、フォーメーションを組んで飛び立つさまは、中々壮観である。記者の多くは、このシャッターチャンスを見逃しはしなかった。
風船の側も配置に付き終わると、いよいよ訓練開始となった。ドローンにより、的の風船は多少動いている。初回の訓練ということで、だいぶ加減した動きではあるが。
それら的に向かって、真希は銃を構えて狙い定め――いや、狙いが定まらない。ゆるやかな動きを続ける風船よりも余程大きく、銃の照準がブレ続けている。
近寄ってみれば大きな風船も、実戦に近い射撃の間合いでは相応に小さくなる。サイズ感としては、1~2百メートル先の人間を狙撃するようなものである。
いつの間に覚えたのか、ステラはモニターの上に照準補正用の表示を展開していった。細かな敵を拡大し、少しでも狙いをつけられるように。
それでも、震え続ける照準が的に定まることは無かった。コックピット内は気まずい沈黙に包まれ、真希が繰り返す浅い呼吸の音だけが響く。
そこで、吉河は特に変わりない口調で、真希に提案した。
『操縦のやり方が違うから、やりづらいんだろうね。ドローンは動かさず、その場にとどめようか?』
「……はい、お願いします」
『ま、これで当たらなくても気にしなさんな。救星軍の正規パイロットも、最初は全然だからね』
そんな気遣いに、真希は「ありがとうございます」と応じたが、その声はやや沈んでいる。
やがて、的の動きが完全に止まった。止まった的相手に、しかし、照準だけは変わらず戸惑い続け――苦渋がにじむ表情を浮かべ、真希は引き金を引いた。




